赤いインクを使わない証言

書記アマリは、赤いインクを見ると手が震えた。

孤児院で罰点をつけられた帳面が、いつも同じ色だったからだ。

帝国裁判所で彼女の席にだけ、青黒いインク壺が置かれている。皇帝ゼルディンが用意させたものだった。

「赤は使わせない」

「公式記録は赤い訂正線が規則です」

「規則を変えた」

ゼルディンは虚偽の証言をした大臣をその場で爵位剥奪する恐怖の皇帝だ。それでもアマリの羽根ペンは、指が痛くならない太さまで覚えていた。

その日の裁判では、皇弟の横領が審理された。アマリが証拠帳簿を読み上げると、皇弟は笑った。

「孤児上がりの書記に、皇族を裁く資格があるか」

皇帝の視線だけで、皇弟の笑いが消える。

「続けろ」

証拠は十分だった。ところが判決文の最後には、アマリを皇帝直属の終身書記へ任命する条項が追加されていた。

「私は署名しません」

法官たちが固まる。

「陛下の信頼を得た栄誉ある役目です」

「終身では困ります。辞めたいときに辞められる契約がいいです」

宰相が小声で叱る。

「陛下がそばに置きたいと望んでおられるのだぞ」

ゼルディンは判決文を手に取った。

「誰が終身と書いた」

「陛下の御心を推察し――」

「余の心を理由に、彼女の退路を塞ぐな」

皇帝は終身の二文字を青いインクで消した。

「一年更新。理由なしの退職を認める」

皇弟が嘲る。

「そこまで甘やかせば、いずれ逃げますよ」

ゼルディンはアマリへペンを差し出した。受け取るまで手を離さないのではなく、机へ置いて待つ。

「署名するか」

アマリは内容を読み直し、自分の意思で名を書いた。

皇帝印が隣へ押される。

新しい契約には、休暇日数と在宅での清書も加えられた。アマリが人の多い執務室では集中しにくいと、以前一度漏らしたためだ。

法官は「皇帝直属なら常に御前へ」と反対したが、ゼルディンは退ける。

「余が会いたい日は、余が彼女の都合を聞く」

皇帝に呼ばれれば即参上するのが当然の宮廷で、その一文は終身任命の削除以上に大きな驚きを呼んだ。

「記録せよ。余が彼女を失いたくないことは、彼女を失えなくする理由にはならない」