赤い搬送票

午後十一時三分、鳥羽瀬芽衣は血液センターの窓口で赤い搬送票を受け取った。病院からの緊急依頼で、保冷箱の中には手術に使う血液が入っている。サイレンを鳴らせる車ではない。信号も速度も、普通の配送車と同じだった。

病院へ着くと、正面ロータリーが消防車で塞がれていた。小規模な発煙で外来棟が一時閉鎖され、職員は避難者の誘導に追われている。警備員は芽衣に言った。

「救急入口へ回って。そこなら誰か受け取る」

だが搬送票の受取部署は輸血部で、救急受付ではない。誰かに渡すことと、正しく渡すことは違う。

芽衣は車を動かす前に、病院の構内図を開いた。救急入口から輸血部へは一般エレベーターを使う。避難者で止まれば、箱だけが時間を失う。地図の端に、検査棟の夜間搬入口があった。彼女は輸血部へ直接電話し、技師にその扉を開けてもらうよう頼んだ。

警備員は「遠回りだ」と渋ったが、芽衣は正面の風向きを見た。煙は検査棟と反対へ流れている。消防車の移動を待つより安全で、搬送先にも近い。構内を半周し、車止めの前で技師の白衣を確認してから箱を下ろした。

技師は封印と温度表示を見て、受領サインを書いた。芽衣は時刻を読み上げ、相手にも復唱してもらった。慌ただしい時ほど、署名欄の一文字が後で命綱になる。

「正面に置いていかなくて助かった」

技師が箱を抱えて走った。

検査棟の扉へ着くまで、芽衣は箱を腕で抱えなかった。抱えれば温度が上がり、転んだとき両手が使えない。専用の固定台車に載せ、段差では技師に先を持ってもらった。緊急という言葉は、走る許可ではなく、余計な失敗を一つも増やさないための合図だった。

芽衣が車へ戻ると、センターから次の連絡が入った。別の病院で返却血液の回収がある。発煙は収まりつつあったが、ロータリーにはまだ赤い灯が回っている。彼女は空になった固定枠を締め、今度は青い搬送票を挟んだ。

正面玄関の混乱を理由に受渡場所を省けば、後で誰の手を通ったか追えなくなる。芽衣は技師の所属札まで照合した。