赤い鞄は北へ行かない

空港の手荷物サービス室で、長峰菫が夜勤の照明を半分消した午前五時、到着客が赤い鞄の写真を差し出した。

「乗り継ぎでなくなりました。中に母の葬儀で着る服が入っています。七時の便で地方へ行かないと」

検索画面では、鞄は深夜便で札幌へ誤送されたことになっていた。後輩は補償の説明書を出し、「現地で服を購入していただく案内になります」と小声で言った。

菫は最終スキャンの時刻を見た。午前零時三分、国内線仕分け場。その後、札幌便へ積み込まれた記録がない。誤送の表示は、タグ番号の末尾を一桁違えて検索した別の鞄だった。

写真の赤い鞄には、保安検査で追加確認になった手荷物へ付ける黄色い札が残っていた。通常ベルトではなく、確認を終えた荷物専用の保管場所へ運ばれる印だ。

「北へは行っていません。保安確認室と、夜間保管庫を探します」

菫は鞄の色ではなく、持ち手の白い縫い目と黄色い札の番号を伝えた。十五分後、保管庫から似た鞄が三つ出てきた。一本だけ持ち手に白い糸が走っている。

本人確認を済ませ、封印を解くと、黒いワンピースが畳まれていた。客は鞄を抱え、「母が派手な赤を嫌っていたから、最後に怒られそうです」と笑いながら泣いた。菫は搭乗口までの最短経路を印刷し、急がせる代わりに保安検査へ事情を引き継いだ。搭乗には、まだ間に合った。

菫は誤検索の画面を後輩へ戻し、末尾一桁だけでなく、スキャン時刻と積載記録まで読むよう伝えた。さらに、黄色い札の荷物が通常の検索結果に出にくいことを、引き継ぎ資料へ追記した。

朝礼で、業務改善チームの責任者が、夜間保管の流れを見直す短期プロジェクトへ参加しないかと尋ねた。菫は来月、旅行会社の内定へ返事をする予定だった。空港を離れれば夜勤はなくなる。

それでも、自分が見つけた白い縫い目を、次は誰でも見つけられる仕組みにしたかった。

菫は内定辞退の文面を開き、送信したあと、改善プロジェクトの参加欄へ名前を入れた。