踏まれ続けた床の星
闘技場の床磨きミルダンは、誰より早く処刑の日を知っていた。
公開処刑の前だけ、支配人は床の血染みを念入りに隠せと命じる。観客に見せたいのは死ではなく、王国が正しいという光景だった。
ミルダンの技能は、その演出に便利だった。
【床磨き:踏まれて失われた床本来の光沢を取り戻す。】
その日、処刑台へ上げられたのは、魔獣を逃がした罪を着せられた老調教師だった。
本当は王子が遊び半分で檻を開けた。ミルダンは知っていたが、床磨きの証言など誰も聞かない。
刑が始まる直前、地下から轟音が響いた。
逃げたとされた古代魔獣が、闘技場の床を突き破って現れたのだ。六本の角を持つ巨体は観客席へ向き、騎士の槍も魔術師の鎖も弾き飛ばす。
王子は真っ先に貴賓席から逃げた。
老調教師だけが叫ぶ。
「床の中央へ誘導しろ! 昔は封印陣があった!」
だが、中央に紋様など見えない。何百年もの靴跡、血、砂、補修材で、石はただの灰色になっていた。
ミルダンは処刑台から磨き機を引き抜いた。
「そんなもので何をする!」と騎士が怒鳴る。
「床を、本来の姿に戻します」
魔獣が迫る。彼は逃げず、回転ブラシを石へ押しつけた。
一列磨くと、金色の線が現れた。二列目で星の角が光る。技能は汚れだけでなく、踏みつけられて失われた魔力の輝きまで取り戻していく。
老調教師が笛を鳴らし、魔獣を中央へ導いた。
ミルダンが最後の円を磨き上げた瞬間、床一面に巨大な七芒星が完成した。天へ伸びた光柱が魔獣を包み、その巨体を傷つけることなく地下の眠りへ戻す。巨獣は沈む直前、老調教師の笛へ応えるように一度だけ目を閉じた。
観客席は静まり返った。
磨き上げられた床には、封印陣だけでなく、古い碑文も浮かんでいた。
《封印の管理者は王家にあらず、調教師一族とする》
王子の嘘も、老調教師の無実も、一度に照らし出される。
国王が処刑中止を命じ、王子の席から紋章を外させた。ミルダンの磨き機には、代わりに七芒星の印が刻まれる。
【職業「闘技場床磨き」が上位職「星紋復磨士」へ書き換えられました】