追放予定の薬師と夜の待合室
メルティナの眠り薬で、晩餐会の客が全員眠った。
毒ではない。三時間で目を覚まし、後遺症もなかった。だが本来は一滴で緊張を和らげる薬だった。仕入れた月花の濃度を見誤り、瓶一本分を調合してしまった。
薬舗の扉には、役所から『営業停止予定』の紙が貼られた。通りすがりの客は文字を見て足を速め、いつも薬草を運ぶ子どもまで遠巻きにした。棚の甘い香りが、今夜だけは罪の匂いに思えた。
メルティナは棚から薬瓶を下ろし、木箱へ詰めた。帳簿には全額返金の印を押し、看板の裏へ「貸店舗」と書きかけた。以前の町でも調合を一度誤り、翌朝には店主から鍵を取り上げられた。今回こそ、店を支えてくれた三人も愛想を尽かす。晩餐会に同行したイグナーツ、毎朝薬を運ぶテオ、処方を任せてくれたロウェル。失うものを数えるほど、箱の蓋が重くなった。
夜更け、騎士イグナーツが来た。彼は事故報告書をカウンターへ置き、責任者欄に自分の署名を加える。
「晩餐会で薬を使うと決めたのは私だ。説明を聞き流したことも書いた」
「署名したら、あなたまで処分される」
「一人だけで受ける処分より、事実に近い」
配達人テオは店の鍵を持ってきた。返却かと思ったが、彼は外の札を『閉店』から『準備中』へ裏返し、鍵をメルティナの首へ掛ける。
「明日の配達は止めた。明後日の分は残してある」
医師ロウェルは待合室の長椅子に座り、眠った客全員の診療記録を並べた。自分の外套を隣の席へ置き、そこを空けている。
「濃度の計算をやり直す。君の机のほうが薬典が揃っている」
「私は店を失うかもしれないのよ」
「店がなくても薬師は残る。だが、ここを残す手続きもする」
メルティナの喉が詰まった。失敗を責められる覚悟はできていた。けれど三人は、責任から逃がすのではなく、責任を一人にしなかった。
「また見捨てられると思った」
イグナーツは署名済みの紙を畳み、テオは入口の灯りを点け、ロウェルは外套をどけて隣を空けた。
営業停止予定の紙が夜風に揺れる。
その内側では、三人が帰らず、メルティナの待合室を朝まで守っていた。