退却を刻む太鼓

太鼓手クオルは、進軍ではなく退却の拍子ばかり練習していた。

「勝つ気のない奴を連れていくな」

槍隊長ベリクは戦果盤の2%を見て吐き捨てた。クオルの太鼓は味方を強化しない。音に魔力もなく、ただ変わらぬ間隔で低く鳴るだけだった。

討伐対象の暴走巨犀が草原へ現れると、ベリクは正面から槍列を組んだ。怪物は痛みを受けるほど速くなる。槍が刺さるたび地面が揺れ、隊列の呼吸が乱れた。

クオルが退却の拍子を叩く。

低い音のたび、前列が後ろへ下がり、次の列が槍を出す。逃げているように見えて、誰も背を向けない。巨犀は常に新しい槍先を追い、まっすぐ進み続けた。

「止まれ! ここで包囲する!」

ベリクが命じたが、クオルは叩く手を止めない。

太鼓は兵を下げるためだけのものではなかった。巨犀の足音と同じ間隔を刻み、怪物の突進をわずかに長く保っている。草原の先には、雨で表面だけ固まった沼がある。速度を落とせば渡れるが、全力で踏み込めば沈む。

クオルは自分だけが沼の縁に残り、最後の拍子を打った。

槍隊が左右へ開く。巨犀は太鼓へ向かって突進し、クオルが身を伏せた頭上を飛び越えた。その巨体は沼の薄皮を破り、腹まで沈んだ。

動けない怪物へ槍が降る。ベリクは決めの槍だけを胸へ突き立て、勝利を叫んだ。

帰還後の報告書には「隊長の誘導」と記された。クオルは破れた太鼓皮を張り直していた。

戦果盤が巨犀の歩調と太鼓の拍子を重ねる。怪物の進路も、隊員の交代も、沼へ踏み込んだ瞬間も、すべて同じ低音に支配されていた。

ベリクの指揮記録には、太鼓を止めろという命令しか残っていない。

新しい皮を張ったクオルが、試しに軽く叩く。

その音と同時に表示が反転した。

その場にいた兵たちは、命じられていないのに低い余韻へ歩調を合わせた。進む者も下がる者も、クオルの拍子なら背を見せずに済むと知っていた。ベリクが号令棒を拾うより先に、討伐隊は太鼓の前へ整列していた。

【再算定完了】

【クオル・討伐寄与率:2% → 95%】

【隊内順位:最下位 → 首位】

【役職更新:太鼓手 → 機動戦術長】