逃げ場のない闘技場

王都闘技場の実況席は、挑戦者マイネスの経歴を読み上げて笑いに変えた。

攻撃技能なし。敏捷値最低。回避訓練では一度も足を動かさず、全課程不合格。

対する王者コルディガは、空間魔術の使い手だ。

「逃げ足だけの者を仕留めるために、俺はこの術を作った」

開幕と同時に、王者は四方から光槍を放った。マイネスは胸の前で腕を組み、中央の印から動かない。槍は一斉に迫り、彼の外套の左右を通って観客防壁へ刺さった。

実況は「偶然の隙間」と叫んだ。だが記録水晶は、槍が命中寸前に互いを押し退けた映像を映している。

コルディガの笑みが消えた。

「ならば、逃げ場そのものをなくす」

奥義《閉界圧殺》。闘技場の内側を一つの点まで縮め、中心にいる者を空間ごと潰す技だ。上も下も左右もなくなるため、回避という概念が成立しない。

黒い球がマイネスを包み、次の瞬間、爆音と煙が場内を覆った。

煙が晴れる。

マイネスは腕を組んだ同じ姿勢で立っていた。中央の印だけが元の大きさで残り、その周囲の床は円形に消えている。彼は宙へ落ちてもいない。

実況席は転移だと叫んだが、足元の位置記録は開始時から一度も変化していなかった。靴底の砂粒の並びまで同じである。観客は笑い声を失い、代わりに一人、また一人と立ち上がった。逃げ回ると思われていた挑戦者は、王者の奥義を中央で受けるために最初からそこへ立っていた。審判は中央印へ近づき、傷一つない砂を指でなぞった。王者の空間術は失敗していない。闘技場すべてを潰しながら、挑戦者だけを潰す対象から外していた。

コルディガが異常に気づいたのは、閉じたはずの空間が、マイネスのいる一点だけを「外側」と判定していたからだ。

「お前は、どこへ逃げた」

「どこにも」

マイネスは一歩も踏み出さない。

「世界のどこへ閉じ込めても、攻撃のほうが私のいない場所を選ぶ」

審判が耐久測定器を向けた。だが被弾が存在しないため、装置は防御力の基準値すら決められない。

巨大表示板の数値が消えた。

【防御値:測定不能】