通訳者の沈黙

杉之原理沙刑事は、十六年前の取調べ録音を韓民俊通訳官と向かい合って聞いた。

殺人罪で服役する尹成浩は、当時ほとんど日本語を話せなかった。決め手は《自分がナイフで刺した》という通訳付きの自白だった。

録音の中で、若い尹が韓国語で答える。

杉之原は停止ボタンを押した。

「今の言葉を、もう一度訳してください」

韓は視線を落とした。

「記憶が古い。音も悪い」

「私は聞き取れます。《ナイフを見た》です。《ナイフで刺した》ではない」

次の箇所では、取調官が「お前が刺し、川へ捨てたんだな。分かったか」と二つの内容を一息で尋ねている。尹の返事は《質問は分かった》。調書では《刺して捨てたことを認めた》に変わっていた。別の箇所で尹は《止めようと腕を掴んだ》と話すが、通訳は《腕を掴んで押さえた》と訳している。被害者の袖から尹の指紋が出た理由まで、加害行為に作り替えられていた。尹が何度も発した《違います》は、訳文では一度も記録されていない。代わりに《よく覚えていない》と弱められ、否認そのものが消されていた。

韓は両手を組んだ。

「刑事が望む形にしなければ、通訳の仕事は二度と来なかった。私は言葉を整えただけだ」

隣室から再審対応室長が入ってきた。

「逐語訳の違いにすぎない。判決は物証も見ている。通訳官の資格を傷つけ、外国人事件を全部疑わせる気か」

杉之原の父も外国出身だった。幼い頃、役所で「だいたい同じ意味」と切り捨てられるたび、父は自分の人生が他人の言葉へ縮められていくと言っていた。杉之原が警察官になったのは、縮められた言葉を元の長さへ戻すためだった。

韓が小さく頼んだ。

「非公式の確認だったことにしてください」

杉之原は新しい録音を開始した。赤い数字が一秒ずつ進む。

「韓通訳官。あなたは当時、《見た》《刺した》と訳しましたか」

韓は沈黙した。

杉之原はその沈黙も含め、原語の逐語訳と二つの音声ハッシュを再審資料へ登録した。室長が端末を閉じようとする前に、裁判所と弁護人への共有設定を確定した。