針鼠と薄荷ココア

 島崎瑞生の叔母、十和子は、眠れない夜に薄荷ココアを作った。

 瑞生が受験で神経質になっていた頃、温めた牛乳へココアを溶かし、最後に清涼な香りを少しだけ加える。飲むと胸のあたりがすうっとし、そのあと毛布のような甘さが来た。

 叔母が病気を隠していたことを、瑞生は長く怒っていた。何も知らず進路の愚痴をこぼしていた自分が、ひどく鈍い人間に思えたからだ。

 叔母の残した針鼠のぽろを引き取り、夜中に回し車の音を聞くたび、あのココアを思い出した。

 ある冬の夜、瑞生は再現してみた。

 市販のミントエッセンスを落とすと、歯磨き粉のように強い。二度目は控えすぎて香りが消えた。

 ぽろの餌を探して戸棚を開けると、奥から薄荷茶の袋が出てきた。封には叔母の字で、〈牛乳に一分だけ。煮立てない。瑞生は香りが強いと眠れない〉とある。

「病気のくせに、そんなことまで」

 口にすると、怒りより先に笑いが出た。

 小鍋の牛乳へ茶袋を沈め、六十まで数える。袋を上げ、純ココアと砂糖を溶かす。湯気に顔を近づけると、薄荷は遠く、草の葉を指で擦った程度に香った。

 ひと口飲む。最初に苦み、次に甘さ、最後に涼しい息が残る。叔母の味だった。

 瑞生はずっと、知らされなかった自分を信頼されていなかったのだと思っていた。けれど叔母は、少なくとも夜ごとの眠り方を覚えていた。知らせなかったことを許せるかは、まだ分からない。ただ、何も受け取っていなかったわけではない。

 ぽろが小屋から顔を出し、鼻をひくつかせた。

「これは君にも駄目」

 瑞生はマグを両手で包み、叔母の写真へ向けて少し持ち上げた。

「今夜は、ちゃんと寝るよ」

 回し車の音が止まり、部屋が静かになった。ココアの甘い香りの奥に、薄荷の涼しさが細く残り、胸につかえていた夜を、ゆっくり通り抜けていった。

 翌朝、瑞生は薄荷茶の袋へ日付を書き、使い切るまで戸棚の手前へ置くことにした。大事なものほど奥へしまい、触れないままにする癖は、叔母への怒りとよく似ていた。香りが抜ける前に飲むことも、受け取ったものへの返事になる気がした。