閉店後の四人掛け
四人掛けのテーブルには、閉店後だけ五脚目の椅子が現れる。
その日に注文を受けながら出せなかった料理がある場合、調理した者は五脚目へ一人分を供える。照明を消し、厨房へ戻って十三分待つ。振り返ってはいけない。翌朝、皿が空なら注文は完了。料理が残っていれば、その部分を一日だけメニューから外す。椅子に残された物は店の備品として扱う。
塩飽は駅裏の洋食店で、閉店後も一人で玉ねぎを炒めていた。バターの甘い匂いに、洗剤と雨で濡れた舗道の匂いが混じる。五脚目は赤いビニール張りで、誰も座っていないのに表面だけ人肌ほど温かかった。
最後の客は、半年前まで一緒に店を切り盛りしていた女性だった。彼女はカウンターへ鍵を置き、二人で考えたオムライスを注文した。塩飽は「すぐ作る」と言ったが、団体客の会計と電話に追われた。気づいたとき、彼女はいなかった。鍵だけがあり、注文票には赤い斜線が引かれていた。
店を始めたころ、二人は四人掛けを一卓だけ置いた。客が少ない日は向かい合って試作品を食べ、五脚目が現れると、出し損ねた料理を笑いながら供えた。焦がしたグラタン、注文を聞き違えたプリン、誕生日に作れなかったハンバーグ。翌朝、何が残るかを二人で開店前の占いにした。
彼女が店を離れる前の三か月、五脚目は一度も出なかった。料理はすべて時間どおり出たが、二人が同じ卓で食べることもなくなっていた。
昔も同じだった。彼女が話をしたい夜ほど、塩飽は仕込みを優先した。店を守っているつもりで、店にいる人を後回しにした。
オムライスを五脚目の前へ置いた。薄い卵に切れ目を入れ、彼女が嫌った生のパセリは使わなかった。ケチャップで何か書きかけたが、規則にないので布巾で消した。
照明を落とし、厨房で十三分を数えた。
客席から、ナイフが皿に当たる音が一度だけした。塩飽は振り返らなかった。
翌朝、皿はきれいに空だった。注文は完了している。五脚目も消えていた。
ただし、座面のあった床に、古い真鍮のキッチンタイマーが置かれていた。彼女が店を出るとき持っていったはずの物だった。針は残り一分を指し、耳を近づけると規則正しく鳴っている。
塩飽が開店札を裏返しても、針は一分から動かなかった。