閉店後の花びら切手

 花屋「風待ち」のシャッターが下りると、店の亀、花鋏が鉢の陰から出てくる。

 路地の猫、薄荷。向かいの菓子店で飼われている犬の焼印。軒下に巣を作る燕の夜便。四匹は作業台の下へ集まり、落ちた花びらを切手に見立てて夜の便りを交換した。

 薔薇は「ありがとう」、霞草は「忘れていない」、青いデルフィニウムは「少し休め」。誰が決めたわけでもないが、長く続くうちに意味が定まった。

 毎週木曜、閉店間際に一人の女性が来る。

 母親へ黄色い花、同僚へ小さな花束、退職する人へ白と緑の花。いつも誰かの分だけ買い、自分には何も選ばない。

「今日は顔が曇っていた」

 夜便が報告した。

「店主が『ご自宅用も』と勧めたが、笑って断った」

 薄荷が尾を巻く。

「人間は、自分宛ての便りを後回しにする」

 花鋏はゆっくり瞬きをした。

 動物たちは、その女性へ花びらの手紙を送ることにした。

 焼印が床へ落ちた小さな紙袋を運び、薄荷が作業台から一枚ずつ花びらを落とす。夜便は青い花びらを選び、花鋏は口で押して形を整えた。

 袋の中には、黄色い薔薇、白い霞草、青いデルフィニウム。売り物にならない欠けた花びらばかりだったが、色はまだ鮮やかだった。

 翌朝、店主は紙袋を見つけた。

「誰が作ったのかしら」

 店の隅で花鋏は石のように動かなかった。

 木曜の夕方、店主はいつもの女性へ袋を渡した。

「落ちた花びらなんですけど、よかったら香り袋に」

「私に?」

「たぶん、そうみたいです」

 女性は袋へ鼻を寄せた。

 少し笑い、それから目を伏せる。

「今日は、仕事で失敗して。誰かの花を選ぶ元気もなかったんです」

「では、これは選ばなくていい花ですね」

 店主は小さな硝子瓶も添えた。

 その夜、女性の部屋の窓辺には、花びらを入れた瓶が置かれた。夜便が空から確かめてきた。

「青い花が、いちばん上」

「少し休め、だな」

 焼印が尻尾を振る。

 閉店後の店には、水を替えた茎の青い匂いと、隣の菓子店から流れる焼き菓子の甘い香りが混じった。

 花鋏は新しい花びらを一枚、作業台の下へ置く。薄桃色のスイートピーだった。

「これは何という便り?」

 薄荷が訊く。

「まだ決まっていない」

 花鋏は答えた。

 四匹はその香りを囲み、誰かがいつか受け取る言葉を、急がず考え始めた。