雨漏りの青いバケツ
泰成は、台風の前日にしか実家へ帰らない。屋根のどこかが漏ると、真琴から連絡が来るからだ。
二人の親が再婚したのは二十年前。父が亡くなり、母が介護施設へ入ってから、古い家には真琴だけが住んでいる。泰成は売却を勧め、真琴は返事をしない。その話になるたび、電話は切れた。
今回の雨漏りは二階の廊下だった。天井から一定の間隔で水滴が落ち、下には青いバケツが置かれている。
「前より広がってる」
「知ってる」
「業者は」
「見積もり四十万」
「だから売れば」
「今それ言う?」
雨が強くなる前に、二人は屋根裏へ上がった。懐中電灯で照らすと、野地板の一部が黒く湿っている。泰成が外から応急シートを掛け、真琴が内側へ防水テープを貼ることにした。
屋根は滑った。泰成が脚立の上で体勢を崩すと、下から真琴が腰を支えた。
「落ちたら四十万じゃ済まない」
「分かってる」
「分かってる顔じゃない」
二人ともずぶ濡れになりながら、シートの四隅を固定した。昔、家族で海へ行ったとき使った青いレジャーシートだった。角に母の字で名字が書いてある。再婚後の、新しい名字。
作業を終える頃には、風が窓を鳴らしていた。真琴が味噌汁を温め、泰成は濡れた靴下を脱いだ。食卓には一人分の茶碗しかなかったが、真琴は戸棚の奥からもう一つ出した。縁が欠け、金継ぎされた茶碗だった。
「まだあったのか」
「捨てると母さんが怒る」
泰成は黙ってご飯をよそった。雨音の中、売却の話は出なかった。
翌朝、廊下のバケツは空だった。泰成は屋根を見上げ、専門業者の番号を紙に書いた。
「見積もり、もう一社取る」
「払わないぞ」
「まだ払うとは言ってない」
「帰るんだろ」
「仕事あるから」
玄関で、真琴が乾いた雨具を差し出した。泰成の高校時代のものだった。胸に古い名札が残っている。
「持ってけ」
「ここに置いとけ。次も降る」
真琴は返事をせず、雨具を玄関のフックへ掛け直した。その隣に、空いていたフックが一つあった。泰成は自分の帽子もそこへ掛け、手ぶらで外へ出た。
門を閉める前に振り返ると、青いバケツはもう廊下ではなく、玄関脇に洗って伏せてあった。