霊柩車までの四十歩
葬儀会館から霊柩車までは、四十歩だった。
三枝桔花は、仕事に自分の感情を持ち込まない。沢渡依知は、悲しんでいる人の前で平気な顔をするほうが不自然だと言う。二人は同じ黒い制服を着ていても、弔問客への距離が違った。
その日の遺影には、依知と同い年の女性が写っていた。笑うと片方だけえくぼができる。依知は受付ではいつも通りだったが、出棺前に遺影を持つ役を告げられると、白い手袋の指が動かなくなった。
「代わる?」
「代わらない」
桔花はそれ以上聞かなかった。依知は感情を隠したくないが、仕事を手放したいわけではない。その違いくらいは分かる。
扉が開き、冷たい風が入った。依知は遺影を胸の高さに持ち上げた。三歩目で、額の重みが前へ傾く。後ろには家族が続いている。止まることも、落とすこともできない。
桔花は横へ並び、額の下辺に右手を添えた。
「持てる」
「知ってる」
「じゃあ離して」
「四十歩だけ」
依知は拒まなかった。桔花は悲しい顔をせず、依知も平気な顔を作らない。二人は同じ額を持ち、歩幅だけを合わせた。
車の前で、遺族の母親が一度立ち止まった。依知の目から涙が落ちた。桔花は見ないふりをせず、ポケットから予備の白布を出して遺影の角を拭いた。依知は反対の角を拭いた。
会館へ戻ると、依知は使った白布を洗濯袋へ入れ、桔花は遺影の金具を点検した。桔花が次の役割を一人で引き受けようとすると、依知は進行表の半分を取った。泣いたことを理由に軽い仕事へ回されるのも、平気な人だけへ重い仕事が積まれるのも、二人とも望まなかった。
式が終わると、依知は化粧室で顔を洗った。桔花は次の式の進行表を確認している。
「私は、慣れないと思う」
「私は、慣れることも仕事だと思う」
そこで会話は終わった。
次の遺影を運ぶ時間になり、二人はまた扉の前へ立った。今度は桔花が上辺を持ち、依知が下辺を支えた。霊柩車までの四十歩を、同じ速さで進んだ。扉の前では、また同時に手袋を直した。