霧の女王を白飛びさせる
「霧妃は本体を見つけるだけで三班必要」
「分身が九百体。範囲攻撃すると増えるぞ」
「榊原透真、リングライト持って遠足?」
榊原透真は丸い照明を三脚へ載せ、霧の宮殿へ入った。
白い霧の向こうで、女王ミスティアが九百の影へ分かれる。影はすべて同じ魔力、同じ体温、同じ声を持つ。一体を斬れば二体になり、適当に攻撃した攻略隊は部屋を分身で埋め尽くされた。
透真は武器を持っていない。
代わりに配信設定を開き、《立体照明》のつまみへ指を置いた。彼の固有スキルは、映像内で失われた陰影を現実側へ補うだけ。戦闘職からは“顔映りが良くなる能力”と笑われていた。透真自身も長くそう思っていたが、照明を当てるたび偽物の輪郭だけが補正されないことに気づいたのは三日前だった。以来、彼は九百体分の静止画を一枚ずつ重ねてきた。
「照明で霧が晴れるなら苦労しない」
「いや、分身には影がない?」
「全部同じに見えるぞ。露出上げたら画面が白くなるだけだ」
九百の女王が一斉に杖を上げる。どの顔も同じ笑みだったが、透真には一体だけ、光を避けるように顎を引いたのが見えた。見つける必要はない。見つけられる世界へ、部屋ごと変えればいい。
霧の槍が天井まで並び、透真の胸へ照準を合わせた。彼はカメラを自分ではなく、部屋全体へ向ける。
そして照明のつまみを、右端まで一度だけ滑らせた。
画面が真っ白になる。
だが現実の宮殿では、失われていた陰影が強制的に補完された。影を持たない九百体は光の中へ溶け、ただ一体だけ、柱の裏に細長い影を落とした女王が残る。
ミスティアは目を見開いた。
彼女の魔法は“見分けられない”ことを条件に存在していた。真偽が確定した瞬間、九百体へ分散していた核が一つへ戻り、その負荷で胸元の宝石が内側から弾ける。
「攻撃してない、識別しただけで自壊した!」
「立体照明は映像補正じゃない。“観測結果を現実へ確定”するスキルだ」
「白飛びした三フレームでボス消えてる」
「リングライト、聖剣より強いのかよ」
透真は露出を戻し、ようやく自分の顔を映した。
その背後で同時視聴者数が、九百から九十万へ跳ね上がった。