青いインクの供述書

会計係ティルは、赤いインクを見ると手が震える。

孤児院で失敗のたびに赤線を引かれ、食事を抜かれた記憶があるからだ。

軍法会議の朝、ティルの机には青いインク壺が置かれていた。

騎士団長アーベルが自分で持ってきたものだった。

「これを使え」

「正式な供述書は赤い訂正印が必要です」

「不要だ」

彼は規則違反を許さず、言い訳をした騎士を即日除名する無口な団長だ。だがティルが赤い封蝋を見るたび視線を逸らすことには気づいていた。

「青なら書けるか」

「はい」

それだけ確かめて、証言台の横へ立つ。

審理の対象は、副団長による軍資金の横領だった。ティルは帳簿の不一致を見つけたが、相手は名門伯爵家の息子である。

裁判長が供述書を差し出す。

「ここへ署名を。ただし、虚偽だった場合はあなたが全額を弁済するという誓約も含む」

ティルは条文を読み、ペンを止めた。

「この誓約には署名しません。証言はしますが、相手が無罪になっただけで借金を背負うのは違います」

副団長が笑う。

「ならば証言を取り下げろ。臆病な会計係め」

裁判長はアーベルへ向く。

「団長から命じてください。部下なら従うでしょう」

アーベルは供述書を取り上げ、弁済条項へ一本の線を引いた。青いインクだった。

「削除」

「規則です」と裁判長が言う。

「不当だ」

「騎士団の威信を守るために必要です」

アーベルはティルへ尋ねた。

「証言するか」

「条件が消えるなら」

「消す」

彼は公印を押し、供述書を差し戻した。

ティルは青い文字で、見た数字と日時だけを書いた。手はもう震えていなかった。アーベルは内容へ口を挟まず、彼が自分の言葉で最後まで記すのを無言で待った。

副団長が「特別扱いだ」と叫ぶ。アーベルは初めてそちらを見る。

「そうだ」

そして軍法会議全体へ告げた。

「ティルの証言は受ける。署名しない条項で脅すな。赤い印も不要だ。彼が書ける青で記録せよ」