青い繊維

顕微鏡の円い視野に、一本の青い繊維が浮かんでいた。

織部真琴鑑定官は、榛名哲生の赤いマフラーから採った対照試料と並べた。強盗殺人の被害者の爪から見つかったとされる繊維は、報告書では赤い羊毛。榛名を現場へ結びつける唯一の物証だった。

「色補正の問題だ」

久我匡彦鑑識課長が言った。

「顕微鏡写真は照明で青く見えることがある」

「分光結果も違います。羊毛ではなく、耐切創性のアラミドです」

「混入だろう」

真琴は封筒から採取時のスライドを出した。端に自分の癖で、小さな三角印を刻んである。だが証拠保管箱に入っていた現在のスライドには印がなく、赤い羊毛が載っていた。すり替えられている。

被害者は深夜の路上で、警察の職務質問を受けた直後に死亡した。最初の通報記録には、現場を離れる機動隊員二人の姿が残っていたが、『別件対応』として捜査対象から外された。機動隊の耐切創手袋は、同じ青いアラミドを使う。

久我は声を落とした。

「榛名には強盗の前歴がある。被害者の財布も持っていた」

「拾ったと供述しています」

「信じるのか」

「信じる話ではありません。試料の話です」

「これを出せば、機動隊と鑑識の両方を敵に回す。君の採取ミスにされれば終わりだぞ」

真琴は、採取当日の顕微鏡カメラの自動バックアップを開いた。三角印のあるスライドと、青い繊維のスペクトルが時刻付きで残っている。保管履歴では、久我のカードが翌朝六分間だけ箱を解錠していた。

「課長は、混入だと言いましたね」

「そうだ」

「では、誰が混入させたか調べても問題ありません」

久我の表情が止まった。

榛名が罪を犯した可能性は消えない。財布を奪ったのかもしれない。だが、青を赤へ替えてよい理由にはならない。真琴が守るべきなのは男の人格ではなく、顕微鏡の中で変えられた一本だった。

彼女は原画像、スペクトル、解錠履歴を鑑定補充書へ添付した。赤いスライドを机に残し、青い繊維のバックアップ媒体を監察提出用の封筒へ入れる。

封を閉じた上から、自分の印を刻んだ。