非常階段の文化祭
文化祭の最中、僕らは非常階段でパンを食べていた。
教室ではお化け屋敷、体育館では軽音部、廊下では呼び込み。学校中がいつもの三倍うるさい。だから人混みが苦手な僕と、音に敏感な彼女は、示し合わせたわけでもなく同じ踊り場へ逃げてきた。
「サボり?」
「休憩」
「僕も」
彼女はメイド服の上に制服のカーディガンを羽織っていた。頭の飾りだけ外し、膝の上に置いている。僕は段ボール製の騎士の胸当てをつけたままだった。
「すごい組み合わせ」
「そっちこそ」
二人で笑うと、階下から軽音部の演奏が響いた。壁越しで歌詞は聞き取れない。低い振動だけが鉄の階段を伝ってくる。
彼女がつま先で拍子を取った。
「踊れる?」
「無理」
「私も」
なのに彼女は立ち上がり、狭い踊り場で一歩だけ横へ動いた。僕も胸当てを鳴らしながら真似した。右、左、回る。振り付けなどない。階段の手すりにぶつからないよう、二人でぎこちなく動くだけだった。
「文化祭っぽい」
「ここ立入禁止だけど」
「だから誰にも見られない」
その言葉に安心した。僕は教室でうまく笑えない。大勢の前では、楽しんでいるふりをするだけで疲れる。けれど彼女の前では、格好悪く踊っても平気だった。
曲が終わると、下から拍手が聞こえた。僕らへのものではない。それでも彼女は小さくお辞儀をした。僕も騎士らしく胸に手を当てた。
「アンコールは?」
「次の曲、バラード」
「じゃあ雑談」
僕らはまた段に座った。彼女は、来年は文化祭を休もうと思っていたことを話した。僕は、今年も朝から帰りたかったことを話した。
「でも、今はちょっと楽しい」
「僕も」
それだけで十分だった。
非常階段の扉が急に開き、担任が顔を出した。
「こんなところで何をしている」
僕らは固まった。メイドと騎士が、立入禁止の階段でパンを持っている。
彼女が先に答えた。
「非公式ステージです」
担任は僕らを交互に見て、深いため息をついた。
「五分で戻れ。次の休憩は許可を取れ」
扉が閉まると、僕らは声を殺して笑った。
教室へ戻る直前、彼女は頭の飾りをつけ直した。
「来年も、ここで一曲だけ」
僕は胸当てを叩いた。
「観客ゼロで」
その約束のおかげで、翌年の文化祭を休まずに済んだ。