面接室の正解

転職活動中の女性は、面接の答えをエレベーターの鏡へ向かって練習した。

「強みは調整力です」

「五年後には管理職を」

「困難を成長へ変えました」

同じ答えを十回繰り返した瞬間、鏡からもう一人の自分が出てきた。

十回練習した面接には、最も正しい答えを話す代役が出席し、本物は面接室へ入れない。

代役は自信に満ちた足取りで会場へ向かった。

女性は廊下の待合席から、薄い壁越しに声を聞いた。

志望理由は滑らか。

退職理由も前向き。

苦手な仕事すら、学びへ変えている。

面接官たちは満足そうだった。

最後に、

「仕事で最も大切にしたいものは?」

と聞かれた。

代役は即答した。

「成果です」

女性の胸がざらついた。

本当は、前職で成果だけを追い、同僚が倒れたことが退職の理由だった。

自分も限界だったのに、面接では弱さとして隠している。

面接官が続けた。

「残業や急な配置転換にも対応できますか」

代役は、

「もちろんです」

と答えた。

それも正解だった。

採用されるための自分が、また同じ働き方へ戻ろうとしている。

女性は面接室の扉を開けた。

入れないはずだったが、鏡へ向かって十一回目の答えを言った。

「できないことがあります」

扉が開き、代役が消えた。

面接官たちは、いつ入れ替わったのか気づかない。

女性は席へ座った。

「急な対応が必要な仕事だとは理解しています。でも、常に対応できるとは約束できません」

「それでは管理職は難しいかもしれません」

「はい。管理職になりたいかも、まだ決めていません」

空気が冷えた。

面接は予定より早く終わった。

一週間後、不採用の通知が来た。

同時に、別部署の面談を受けないかという連絡もあった。

成果より、勤務の仕組みを改善する担当を探しているという。

採用の保証はない。

次の面談で、女性は鏡を見なかった。

答えを暗記せず、前職で止められなかったことと、今度は何を断りたいかを話した。

言葉に詰まり、質問を聞き返した。

採用後も仕事は楽ではなかった。

成果を求められ、失敗もした。

ただ面談の記録には、最初から「常に対応できる人」とは書かれていない。

鏡の中には毎朝、自分一人だけが映る。

正解を話す代役より、間違えながら条件を交渉する本人の方が、長く働く役には向いていた。