風崖領の透明配当

白妙リゼが買った風崖領は、家が一軒建つだけの細い崖だった。

三日に一度、谷から吹き上げる風が岩肌の穴を通り、透明な結晶になる。風晶は翼車の動力に使われるため、山鳥たちが嘴で集め、崖下の飛脚組合へ運ぶ。売却代金は銀貨ではなく、食料券と生活口座への小さな振込に分けられた。

リゼには、それで十分だった。

飛脚時代の革制服は、脇が裂けたまま壁に掛かっている。雨でも雪でも「緊急」の赤札を背負い、馬が倒れれば自分で走った。引退しても伝書鳥は追ってきて、窓辺に未読の筒を積んだ。

三日目の夕方、領地印が青く光った。

〈風晶十八個、定期便へ引渡し済み。次回採取まで所有者対応不要〉

リゼは最初の三日を、荷が届く前のようにそわそわして過ごした。二日目の夜には革靴を磨き、いつでも走れるよう玄関へ揃えた。だが三日目、山鳥が風晶を運ぶ間も彼女へ合図を求めなかった。鳥たちは仕事が終わると崖の上で羽を広げ、温まった岩に腹をつけた。リゼはそこで初めて、役目を終えた者は休んでよいのだと鳥から教わった。急がない鳥の呼吸を見ていると、胸の奥の笛まで静まった。

通知を読み終える前に、黒い伝書鳥が窓を叩いた。元隊長の筆跡である。

――王都から国境まで特急便。お前なら一日で着く。復帰せよ。

リゼは紙の裏へ短く書いた。

――着きません。行きません。

鳥は首を傾げ、二枚目の紙を吐き出した。

――報奨金は通常の五倍。国の急務だ。

リゼは擦り切れた革靴を見た。五倍なら新しい靴を何足も買える。けれど、足裏の痛みを戻す理由にはならない。

――この領地は三日に一度、風を売ります。私はもう、毎日自分を売りません。

紙を筒へ戻すと、鳥は不満げに飛び去った。

崖の外では、結晶を作り終えた風がただ吹いている。売り物にならない風のほうが、ずっと多い。

リゼは窓を閉め、領地印を消音へ切り替えた。本棚から、飛脚時代に買ったまま開けなかった長編を取り出す。

一頁目をめくる。三日後まで、どこへも届ける必要のない時間が、静かに始まった。