香りのない香水

ドナティアの香水には、香りがなかった。

狩人向け装備店では、派手な香水瓶が贈答品としてよく売れる。彼女の無臭液は外套へ塗られ、代金は装備セットの代金へ埋もれた。売上寄与は1%。店長は空のような匂いを嗅ぎ、せせら笑った。

「香らない香水など詐欺だ。調香台は人気職人へ渡せ」

ドナティアは銀の匙を布で拭いた。無臭液は匂いを加える品ではない。汗、革、血、薬草の匂いを互いに打ち消し、魔獣の嗅覚から狩人を隠す膜だった。獲物へ近づけるから素材が持ち帰られ、その素材が店の武具や装飾品へ変わる。

店長は花の香りが強い新作を外套へ吹きかけた。客は店内で歓声を上げた。ところが森では香りが風下へ長く残り、魔獣は狩人より先に待ち伏せた。素材の入荷が途絶え、飾り棚の高級品まで作れなくなった。

狩人組合の代表が、空の無臭瓶を抱えて現れた。

「これを作った人を戻して」

店長は苛立って答えた。

「売上のない職人だ。香水なら香るものを買え」

代表は瓶の栓を開け、何も香らない空気を吸った。

「何も残さないから、私たちは獲物を持ち帰れた」

その声で《素材循環香炉》が起動した。売れた完成品から原料の入手理由まで辿る真価装置だ。武具、薬、装飾品から立ち上る光の煙が、人気調香師の花瓶を避け、ドナティアの無臭瓶へ吸い込まれた。

店長が窓を開けても、表示は消えない。

《香りは客を店へ呼んだ。無臭は商品を森から連れ帰った》

狩人たちは空瓶を机へ並べた。どの瓶にも匂いは残っていないが、底には獲物の素材を納めた店の印が刻まれていた。香炉は印を読むたび、武具工房や薬房の棚を再び明るくした。店長の人気香水から伸びた煙は、森の入口で魔獣の影へ吸われ、売上へ届かなかった。

ドナティアは戻る条件として、派手な香水の看板を外させなかった。必要な香りまで否定する気はない。ただ、その看板の上へ無臭液の印を掲げさせた。

狩人たちは森から運んだ素材袋を店内へ開いた。希少な毛皮も薬草も、無臭膜がなければ持ち帰れなかった品だ。人気調香師は花の香りを否定されたと思い、瓶を抱えて俯く。ドナティアは贈答用の香りまで消す必要はないと告げ、用途の違う調香台を分けた。彼女が退けたのは香りではなく、すべての客へ同じ香りを押しつける考えだった。店長が素材棚へ近づくと、狩人組合の代表が無臭印のない外套には触れさせない。店長は客を呼ぶ看板役から、客が何を必要としているか聞き取る受付へ降ろされた。

《真価確定:ドナティア 実売上寄与99%》

《売上順位:圏外→首位/役職:調香台清掃係→素材循環部門長》