黒曜石の穀刀

 高原都市アマルカの穀倉には、青い黴しか残っていなかった。

 穀倉守のイシュトリは、黒曜石の穀刀で最後の玉蜀黍餅を四つに切った。刃の根元には白い欠けがあり、光を受けると獣の歯に見えた。

 城兵四百。餅は四切れ。神官はそれを来季の種として守れと言ったが、来季まで生きる者がいなければ、種はただの石だった。

 包囲軍の使者ネクワが、籠を二十背負わせて城門へ来た。

「南門を月が山へ触れる時に開けろ。代わりに玉蜀黍を置いていく」

 籠の上には、赤い粒が盛られていた。イシュトリは一粒噛んだ。甘く、まだ新しい。

「先に全部もらう」

「門が先だ」

「ならば半分」

 ネクワは十籠を渡した。裏切りが成立した顔をしていた。

 イシュトリは穀刀で籠の縄を切った。中まで赤い玉蜀黍が詰まっている。砂も石もない。

 だが刃の白い欠けへ、赤い粉が入り込んだ。

 その色を見て、イシュトリは産地を悟った。この赤種を育てるのは、包囲軍の東にある三つの村だけだ。昨日まで敵の後方を守っていた村々である。

「東の守備隊が、収穫を運んだのか」

 城主トパルが訊く。

「違います。収穫前です。これは種籾です」

「では」

「敵は東の村を空にし、種まで奪って我々を買いに来た」

 包囲軍は腹を満たしていない。こちらと同じく、明日がない。だから二十籠で門を買う。

 そして東の道は、今夜だけ手薄だ。

 イシュトリは使者へ答えた。

「南門を開ける。月が山へ触れた時だ」

 ネクワは満足して戻った。

 城兵には十籠のうち五籠だけを煮させた。鍋から甘い湯気が上がると、広場の兵は黙ったまま鼻だけを向けた。残りは東の村へ返す。種を食えば今夜は生きるが、来年は敵と同じになる。

「南門には誰を置く」

「老兵二十。門を細く開け、裏切りを装います」

「本隊は」

「東門から出て、敵の空いた兵糧道を奪う」

 トパルは四つに切られた最後の餅を見た。

「お前は食わぬのか」

「刃を舐めました」

 月が黒い山の肩へ触れる。

 南では敵兵が音を殺して集まり、東では腹を満たした城兵が槍を握った。

 イシュトリは黒曜石の穀刀を掲げる。

 東門の太陽旗が上がった。