黒鱗の鎧
最初の矢は、ラギスの頬に当たるはずだった。
だが皮膚に触れる寸前、腰の剣が鳴り、矢は砕けた。代わりに頬へ黒い鱗が一枚浮いた。
《無傷》は使い手が受ける傷を消す。切り傷も火傷も骨折も。ただし消した傷の場所を、二度と人の皮膚には戻らない鱗で覆う。
ラギスは娘が生まれてから、この剣を一度も抜かなかった。傷を負うたび人でなくなる父を、子に見せたくなかったからだ。だが今日、門の向こうで娘が生き延びるには、人の顔を守る余裕などなかった。
城門の内側には、逃げ遅れた住民が百人いた。外には弓兵と破城槌。門を閉める鎖は切れ、誰かが広場を横切って手動の巻き上げ機へ行かなければならない。
ラギスは一人で走った。
二本目の矢が背に当たり、肩甲骨を鱗へ変えた。三本目は腿。四本目は喉。刺さらない代わりに、身体のあちこちで硬いものが芽を出す。
「撃て!」
敵の号令で空が暗くなった。
矢の雨は彼を倒せなかった。額、腕、腹、指。人の皮膚が黒く塗り替えられていく。鱗は傷を防ぐたび厚くなり、関節の動きを奪った。
巻き上げ機まであと十歩。
火矢が胸へ刺さるはずだった。剣が熱を飲み、胸一面を鱗にした。ラギスは息を吸った。肺まで硬くなったように狭い。
五歩。
破城槌が門を揺らす。隙間から、小さな娘がこちらを見ていた。昨夜、彼女は父の頬をつまみ、「ひげが痛い」と笑った。
最後の一歩で膝を狙われ、脚全体が黒く変わった。ラギスは倒れ込む勢いで巻き上げ機の柄をつかむ。鱗に覆われた指は曲がらない。肘と肩を使い、身体ごと柄を押した。
門が落ちる。
破城槌の先端が寸前で遮られ、城内に歓声が上がった。
娘が駆け寄る。妻が止めるより早く、黒い人影の前まで来た。
「お父さん?」
ラギスは答えようとした。喉の鱗が擦れ、出たのは低い獣の音だけだった。
娘は一歩下がった。
門を守った英雄の顔には、人間だった場所が一片も残っていない。剣だけが彼を主と認め、鞘の中で満足そうに鳴いていた。