海外赴任者の入館記録

北辰精機の社内公募面談で、蓮見拓実はジャカルタ工場の品質責任者になる寸前だった。

応募書類には、前職時代にインドネシアへ二年間赴任し、現地語で監査を行ったとある。語学試験の点数は高くないが、「現場で身につけた会話力」と説明すれば不自然ではない。選考委員の大半は異動承認に傾いていた。現地採用者との摩擦を収めたという話も具体的で、蓮見は工場周辺の食堂名まで挙げていた。

委員長の宇佐見が、現地語で短く質問した。

蓮見は笑って日本語に戻した。「方言が強くて聞き取れませんでした」

「標準的な挨拶です」

委員の一人が視線を落とした。語学だけなら、長く使わず忘れた可能性もある。宇佐見が確かめたかったのは、別の記録だった。

「赴任先では英語が中心でしたから」

宇佐見はそれ以上、語学を試さなかった。代わりに、前職が昨年グループ入りした際に移管された入退館記録を開いた。

蓮見がジャカルタ勤務と記した二年間、彼の社員証は埼玉工場で平日ほぼ毎朝八時前に使われていた。退館も十八時台。長期休暇を除けば、月に十八日以上の記録がある。

「カードを同僚に預けていました。日本のロッカーを使うためです」

「社員証の貸与は、それだけで重大違反です」

蓮見はすぐに言い換えた。「いや、記録移行の紐づけミスでしょう」

人事の箕輪が、会議室予約を表示した。同じ期間、蓮見本人が埼玉工場の小会議室を毎週予約し、用途欄に〈派遣スタッフ定例〉と入力している。予約通知は彼の個人メールにもCCされ、出席確認の返信も残っていた。

さらに、ジャカルタ工場の監査ファイルへの初回アクセスは、社内公募が始まった翌日だった。閲覧したのは赴任者名簿と過去の改善報告書。応募書類の文章は、報告書の要約と語順まで一致していた。

「現地の知人から聞いた経験を、自分の経験として整理しただけです」

宇佐見は机の中央に置かれた異動承認書を取り上げた。すでに社長印まで押されている。

その紙を蓮見へ渡す代わりに、宇佐見は二つに折った。

「海外赴任の承認は撤回します。次に開くのは、経歴詐称の調査面談です」