『削除された六点』
雪代精機の人事朝会で、十河依織は自宅待機命令を渡される寸前だった。
内部通報者の評価を不正に上げた疑い。人事部長の國枝恒成は、共有シートの履歴に十河のアカウントが残っていると説明し、「公平性を守るため厳正に処分する」と部員たちへ告げた。
依織は立ったまま聞いた。「上げたのではなく、戻しました」
國枝はため息をついた。「無断変更を正当化するな」
スクリーンには、通報者の総合点が二十六点から三十二点へ変わった履歴がある。編集者は確かに依織。だが依織は名前ボックスへ〈原点〉と入力した。非表示の名前付き範囲が開き、六項目の初期点数が現れる。合計は三十二点だった。
「誰かが先に六点消しています」
削除履歴は前夜二十二時五分。操作には人事共通アカウントが使われていた。國枝は「共通IDでは誰か分からない」と言った。
依織はアクセス元を表示した。人事部長室の端末。入退館記録では、その時間に残っていたのは國枝だけだった。さらに二十二時ちょうど、國枝は会議室予約を〈通報対応・機密〉へ変更し、参加者欄からコンプライアンス担当を削除している。
「状況証拠だ」
「では、メールのCCは?」
通報者の異動を依頼する國枝のメールが開かれた。本文には〈評価を基準未満まで調整済み〉。宛先は工場長、CCには誤って依織が残っていた。國枝は送信直後に取り消したが、メール保全庫には原文が保存されている。
依織が点数を戻したのは、通報者から頼まれたからではない。毎朝の自動差分通知に、六つの空白が赤く表示されたためだった。通知メールは人事部全員へ送られており、國枝だけが開封後に削除していた。依織は保全規程どおり共有箱へ移したにすぎなかった。
朝会の参加者が一人ずつ國枝から目をそらした。
依織は、改竄前の点数に戻した際、自分の操作理由をコメントへ残していた。〈原評価復元。監査確認まで固定〉。國枝が処分資料を作るため、そのコメントだけ削除した履歴も見つかった。
副部長は自宅待機命令を依織の前から取り上げ、宛名を國枝へ差し替えた。続けて依織の監査担当任命を承認する。
削除された六点は戻り、朝会から消えたのは部長の席だった。