『会議室〈岬〉』
砥上廉は面接室へ入るなり、窓のない壁を見て言った。
「ずいぶん明るくなりましたね、この部屋」
部屋の名は〈潮〉。半年前に改装されたばかりだと採用担当が説明すると、砥上は「似た会議室と勘違いしました」と笑った。
面接官の蒔田澪だけは、その言葉をメモした。
砥上の履歴書には、競合企業で五年間、商品企画に従事とある。この会社との取引歴はなく、社屋に入るのも今日が初めてだという。
「失敗した試作機について伺います」
蒔田が言うと、砥上は、競合側で設計したが顧客要求の変更で中止になったと答えた。
「打ち切りを決めた会議は?」
「先方の海沿いの拠点です。場所までは覚えていません」
蒔田は会議室予約台帳を表示した。二年前まで〈潮〉は〈岬〉という名だった。試作機の中止会議も、ここで開かれている。ただし参加者名簿に砥上はいない。
「この部屋を明るくなったと言えるのは、改装前を知る人だけです」
「写真を見たのかもしれない」
「〈岬〉の写真は公開していません。事故があって、社内記録も封印しましたから」
その事故で割れた照明を交換し、部屋名を変えたのは蒔田だった。改名前の事情を知る現社員は、彼女一人になっていた。
砥上は黙った。
蒔田は来館者用の古い入館履歴を開いた。競合企業ではなく、業務委託会社の作業員として、砥上廉の名が月に十回以上ある。中止会議の日も入館し、〈岬〉を予約した社員と同時刻に退館していた。さらに共有資料の版履歴には、砥上の委託IDで設計図を持ち出そうとした警告が残る。
「企画担当ではなく、図面整理の委託作業員でしたね」
「仕事の内容は同じです」
「では、なぜ雇用先も入館歴も隠したんですか」
砥上は答えず、明るくなった天井を見上げた。
蒔田は面接票の「競合経験を評価」を消し、「機密接触歴を虚偽申告」に書き換えた。
〈岬〉を知ることが、彼を採る理由から、採らない理由へ変わった。