いちばん先に使うもの

栗原世良の引き出しには、使われないきれいなものが増えていた。

祖母にもらった真珠の耳飾り、旅先で買った香水、友人がくれた金色のシール。仕事の日にはもったいなく、休日には行く場所がない。特別な日に使おうと思ううち、箱の中で年月だけが進んだ。新品のままなら、似合わなかったと知ることも、汚すこともない。

特別な日の条件は、年々厳しくなった。真珠は結婚式へ、香水は旅行へ、シールは新しい手帳へ。けれど招待状が届いても服が決まらず、旅行を予約しても天気を気にし、結局どれも箱から出さなかった。

文具店の無料工作会で、世良は店員として子どもたちへカード作りを教えていた。冬馬という七歳の男の子は、配られたシールの中から、一枚しかない金色の恐竜を最初に剥がした。

「それ、一番最後に使ったほうがよくない?」

世良が思わず言うと、冬馬は恐竜をカードの隅へ貼った。位置も少し曲がっている。

「最後まで残ったら、ぼくのカードにいないじゃん」

「もっと目立つ場所を決めてからでも」

「もう目立ってるよ。金だもん」

冬馬は余った小さな星のシールを世良へ一枚渡した。

「おねえさんも、一番好きなのを今日使って。明日だと、今日じゃないから」

子どもの言葉にしては妙だと思ったが、彼はすぐ糊を指につけ、恐竜の周りへ紙吹雪を貼り始めた。説教するつもりなどなく、ただ金色を先に使っただけらしい。

冬馬のカードは、金の恐竜が端に寄り、空いた中央へ大きく『おめでとう』と書かれていた。最初に一番いいものを使ったからといって、残りが寂しくなるわけではなかった。むしろ恐竜がいる場所から、ほかの飾りが始まって見えた。

閉店後、世良は星のシールを社員証の裏へ貼った。誰にも見えない場所なのに、剥がした瞬間、台紙に残った白い形が少し惜しかった。

家へ帰ると、翌日はただの出勤日だった。会議も食事会もない。世良は真珠の箱を開け、鏡の前で耳につけてみる。思ったより小さく、思ったより自分の顔に馴染んだ。

翌朝の鏡には、特別な予定のない顔と真珠が並んだ。どちらかが場違いなのではなく、場を特別にする順番を、今まで逆にしていただけかもしれなかった。

朝、外す理由を探しかけてやめた。世良は真珠をつけたまま、いつもの通勤鞄を肩へ掛けた。