おすすめユーザーの午後
音無夕莉は、昼休みにSNSを開いて凍りついた。
〈あなたの連絡先にいる人が参加しました〉
その下に、部長の実名アカウントが表示されている。夕莉は機種変更の際、誤って連絡先の同期を許可したらしい。ならば部長側にも、ファンアカウント「水底の王冠」がおすすめされている可能性がある。
「水底の王冠」には、ボーイズグループVIVID CROWNへの熱い感想だけでなく、上司に褒められなかった日や、会議で発言できなかった悔しさも書いた。会社名はない。それでも、投稿写真に映る手帳の癖や昼食で気づかれるかもしれない。
午後の面談で、部長はタブレットを閉じて言った。
「個人的な確認を一つしてもいい? 嫌なら答えなくていい」
夕莉の喉が鳴った。
「この王冠の刺繍、あなたが作ったもの?」
部長の画面には、夕莉が投稿した推し用ポーチがあった。やはり身バレしていた。
夕莉がうなずくと、部長はまず端末を伏せた。
「娘がこのアカウントをずっと読んでる。でも職場の人だと知ったのは、今日おすすめに出てから。私はフォローしないし、娘にも言わない」
夕莉が「評価に影響しますか」と尋ねると、部長は首を振った。業務中の情報管理に問題があれば仕事として話すが、休日に何を好きでいるかは査定項目ではないという。むしろ、おすすめ表示だけで他人の居場所へ踏み込めてしまう仕組みのほうを怖がるべきだと、連絡先同期の解除方法まで一緒に確認した。
続いて、会社の端末で個人アカウントへ入らないこと、写真から機密が見えないようにすることだけを事務的に確認した。趣味そのものには触れなかった。
帰宅後、夕莉は同期を切り、古い写真を見直した。怖さが消えたわけではない。だが、自分まで消す必要はなかった。
翌日、部長の娘からいつものコメントが来た。
〈今日も学校で発言できなかった。でも水底の王冠さんも昨日できなかったって書いてたから、明日は一回だけ手を挙げます〉
夕莉は会社のことを書きすぎないよう文章を直し、それでも最後の一文は残した。
〈私も、明日は一回だけ声を出します〉