キャップを脱いだら

私服行動の日、槙生は紺色の野球帽をかぶってきた。

教室ではいつも大声で、忘れ物をして、体育のたびに「球技は人類に早すぎる」と逃げ回る。だから帽子の正面に、擦れた白い糸で校名らしい文字が刺繍されているのが意外だった。

「元野球部?」

聞くと、槙生はつばを下げた。

「小学校のときな。黒歴史」

それ以上は話さず、写真を撮るたび顔を隠した。寺でも市場でも、帽子だけがこちらを向いている写真が増えた。

午後、川沿いで強い風が吹いた。帽子が飛び、私が追いかけて拾った。内側のタグに、槙生とは違う名前が油性ペンで書いてあった。

返すとき、見てしまったことを謝った。

「兄貴の」

槙生は帽子を受け取り、砂を払った。

兄は高校まで野球を続け、去年、遠い町へ引っ越したらしい。小学生の槙生は兄の後ろを走り、同じ背番号を欲しがった。けれど入部すると、打つたび投げるたび「兄より」と言われた。好きだったものを嫌いだと言えば、比べられずに済んだ。帽子だけは捨てられず、兄が置いていった段ボールから旅行の朝に、迷った末に取り出した。

辞めた日から、槙生は球技が嫌いな道化を演じた。笑われていれば、本気だった頃を誰にも見られずに済んだ。

「じゃあ、なんで持ってきたの」

「私服って、何着ればいいか分かんなくて。兄貴ならこれかぶれって言うと思った」

いつもの冗談みたいな口調だった。

集合写真の時間、槙生はまた帽子のつばを下げた。私は記録係でもないのに、「顔が見えない」と言ってしまった。

彼は少し迷い、帽子を脱いだ。風で潰れた髪を皆に笑われ、槙生も笑った。

シャッターが切れる直前、彼は帽子を胸の前で持った。

旅行から戻った次の体育で、槙生は珍しくソフトボールを休まなかった。外野へ飛んだ球を落とし、「やっぱり人類には早い」と叫んだ。

けれど教室へ戻るとき、彼は誰もいない廊下で一度だけ、きれいな投球動作をした。

帽子を脱いだ午後から、私はその背中を少しだけ違って見るようになった。