キャラクター削除の命令

最終迷宮の扉前で、比企野祥岳の画面に一文が届いた。

〈鍵は一つだけ、王冠より先に捨てろ。〉

八年間育てたVRキャラクター〈ガク〉は、青銅の鍵を持っている。迷宮主を倒し、唯一品〈時王の冠〉を装備すれば世界初攻略。賞金一千万円と公式配信者契約が得られる。

祥岳は鍵を捨てた。隠し扉が開き、迷宮主の背後を取れたが、王冠に触れた瞬間ゲームはタイトル画面へ戻った。

〈攻略失敗。過去のセーブへ一文だけ送信できます〉

二周目は鍵を祭壇へ置いた。四周目は仲間を別通路へ回した。戻るたび、案内NPCが同じ台詞を言う。

「鍵は一つだけです」

七周目、祥岳は一文へ戦闘手順まで詰めた。十周目、迷宮主を無傷で倒し、王冠を装備した。花火が上がり、配信の視聴者数が百万を越える。成功条件達成。

だが王冠の説明文が更新された。

〈本装備は、削除されたキャラクターの行動記録を統合して生成されます〉

迷宮の壁に、過去の周回で消えた〈ガク〉たちが影のように並んだ。鍵を捨てた自分、仲間を囮にした自分、回復薬を惜しんだ自分。ゲームは失敗したセーブを削除せず、人格素材として王冠へ圧縮していた。装備を確定すれば、それらは永久に祥岳のAI補助として使われる。

画面が求める。

〈世界初攻略を固定するため、起点の一文を送信してください〉

仲間のボイスチャットでは祝杯の相談が始まっている。青銅の鍵が足元で鈍く光った。

祥岳は攻略文を消した。

〈ログインする前にキャラクターを削除し、青銅の鍵を誰にも渡すな。〉

最初のセーブへ戻る。

削除確認には、八年分のプレイ時間と、二百十三人のフレンド名が表示された。祥岳は〈実行〉を押した。公式契約も賞金も消え、ギルド規約により再加入もできなくなった。

翌朝、空のアカウントでログインすると、案内NPCは別の新人へ言っていた。

「鍵は一つだけです」

祥岳には、その続きを知るキャラクターがもういない。机の上で、記念品として作った青銅色のキーホルダーだけが、触れても巻き戻らなかった。