ゼッケンの裏側
全国大会の推薦を決める学力試験で、櫻井戸遼一のゼッケン裏から英単語の一覧が出てきた。
陸上部顧問は顔をしかめた。
「競技推薦を狙って、そこまでやるか」
部長の志摩岡景臣が、試験前に遼一がゼッケンを何度も触っていたと証言した。推薦枠を争う二人だった。
遼一は言い返さなかった。代わりに、競技場管理室へ行きたいと申し出た。
その日は午後に記録会があり、試験は競技場の会議室で行われていた。ゼッケンは朝、選手ロッカー前の机へ並べられた。盗難防止カメラが、その机を真上から映している。
映像では、遼一が受け取る前、志摩岡がゼッケンを裏返し、両面テープで紙を貼っていた。顧問はすぐ近くに立ち、他の選手が来るたび身体で隠している。
志摩岡は、剥がれた名札を直しただけだと言った。
遼一はランニングウォッチのデータを開いた。
ウォッチには、安全確認用の音声メモ機能があり、練習中のフォーム指示を記録していた。朝から録音したまま、ロッカー前の会話も残っている。
『これで櫻井戸は推薦から外れる』
志摩岡の声。
『試験中に触っていたと私が言う。お前は最初に見つけろ』
顧問の声だった。別の選手も、朝から顧問が遼一のゼッケン番号だけを何度も確かめていたと証言した。管理室の記録には、顧問が両面テープを借りた時刻まで残っていた。
ほかの選手の証言もそろった。大会本部の責任者が呼ばれ、映像と音声を確認した。顧問は指導停止、志摩岡は推薦審査から除外。遼一の答案は別室で採点され、合格基準を大きく超えていた。
志摩岡は唇を震わせた。
「走る速さは俺のほうが上だ」
遼一はゼッケンを裏返した。紙を剥がした跡だけが残っている。
「だから、正面から競えばよかった」
その日の記録会、遼一は自己記録を更新した。だが物語が終わるのはゴールのあとではない。
大会責任者が全国推薦書へ署名し、顧問欄を別の教師へ書き換えた瞬間、裏側へ隠された不正は、正面から走った遼一の進路を一歩も止められなくなった。