トーストの耳

瀬川真帆が病院から帰ると、宅配ボックスに叔母からのジャムが入っていた。

毎年届く夏みかんのマーマレードだった。瓶の蓋には「今年は苦め」と書かれている。明日から入院することを叔母は知らない。知らせるかどうか考える前に、真帆は台所の棚から食パンを出した。

夕飯にトーストを食べるのは、少しだけ反抗のようだった。病院では消化のよいものを、と言われたが、今夜くらい耳まで固いパンがよかった。

古いポップアップトースターへ二枚差し込む。片方だけ途中で引っかかり、焦げた匂いが立った。真帆はコンセントを抜き、菜箸でパンを持ち上げた。片面は白く、片面は黒い。

向かいの部屋へ工具を借りに行くと、同じ年頃の隣人がドライバーを持って来た。入院中、鉢植えの水やりを頼んである人だった。

「分解するの?」

「パンを食べたいだけ」

底の小さなねじを外すと、焦げたパンくずが受け皿いっぱいに落ちていた。二人で新聞紙へあけ、金具に挟まった耳のかけらを取り除く。病院でもらった冊子より、トースターの構造のほうが単純で助かった。

ねじを戻し、もう一度パンを差す。今度は二枚とも同じ高さで跳ね上がった。真帆はマーマレードを厚く塗り、隣人と一枚ずつ食べた。苦みのあとから甘さが来る。隣人は焦げた一枚も半分に割り、「こっちもいける」とかじった。

食べ終えると、真帆はジャムの瓶を隣人へ渡した。

「水やりの報酬」

「帰ってきたら残り返す」

真帆は返事をせず、新聞紙の四隅を内側へ折った。黒いパンくずが中央に集まる。受け皿を洗って乾かし、トースターの底へ差し込む。

隣人はジャムの瓶を光へ透かし、底に残った皮の量を確かめた。「鉢は三日に一回でいいんだよね」と聞く。真帆は焦げたパンをかじりながら、窓際の二鉢だけは土が乾いてから、と答えた。口頭では忘れると言われ、マーマレードの蓋の裏へ油性ペンで小さく書く。苦い皮をよけて食べる癖まで知られたくなくて、真帆は自分の皿の黒い耳を先に飲み込んだ。

奥で金具がかみ合い、薄い板が見えなくなった。