ベランダ菜園の家族会議
真鍋木朔と保科黎は、支援住宅を出たあと同じ部屋を借りた。
朔は三十三歳、黎は二十四歳。育った場所も名字も違うが、二人とも「一人で暮らすには家賃が高い」という理由で同居を始めた。
最初は冷蔵庫の段まで分けた。他人同士としては正しい。
ところがベランダで育てたミニトマトだけは、分け方が難しかった。
苗を買ったのは朔。土を替えたのは黎。水やりは気づいた方。
最初の一個が赤くなった日、二人は小さな実を前に会議を開いた。
「購入者に所有権」
「育成者にも権利」
「水やり回数は?」
「数えてない」
「では半分」
「小さすぎる」
結論が出ず、翌日まで待つことにした。
次の日、トマトは鳥につつかれていた。
赤い皮に小さな穴が開き、中身が少し減っている。
「第三者に取得された」
「会議が長いから」
二人は残った部分を洗い、半分ずつ食べた。
酸っぱくて、まだ早かった。
二個目からは、先に見つけた方が食べる規則にした。
けれど朔が見つけても「黎、赤いよ」と呼び、黎が見つけても皿へ二つ並べる。
いつの間にか規則は有名無実になった。
夏の夕方、八個まとめて収穫できた。
二人はパスタを作った。
オリーブ油でにんにくを炒め、半分に切ったトマトを入れる。皮が弾け、青い葉と甘酸っぱい香りが部屋へ広がった。
「冷蔵庫のチーズ使った?」
黎が訊く。
「上段は俺の」
「そこ、もう共有棚」
「いつ決まった」
「牛乳を二人で飲み始めた頃」
正式な会議はなかった。
食卓には、朔の皿と黎の皿、それから残りのトマトを入れた小鉢。
黎が言った。
「僕たち、家族なのかな」
「家賃は折半」
「家族でも折半する」
「名字が違う」
「それもいる」
朔はしばらく考えた。
「少なくとも、トマトは共同親権」
「言い方が重い」
二人で笑った。
家族と名乗るかは、急がなくてよかった。
翌朝の水やりをどちらがするか、牛乳が切れたら誰が買うか、夜遅い方の夕飯を残すか。そういう小さな議題は、もう自然に二人分だった。
ベランダには、熟れたトマトと濡れた土の匂いが残った。
鳥につつかれた最初の一個から伸びた夏が、名前のつかない二人の家を、明るい赤で少しずつ満たしていた。