ボイスメッセージは明日
水曜の午後十時十八分、美晴は濡れた髪にタオルを巻いたまま、スマートフォンの通知を開いた。
マッチングアプリで三日ほど話している相手から、十二秒のボイスメッセージが届いていた。
〈文字だと雰囲気分からないし、よかったら声でも話しませんか〉
再生ボタンの横で、細い波形が並んでいる。美晴はまだ一度も聞いていないのに、低い声か高い声か、明るい人か静かな人かを考えた。
自分も返すなら、何を話せばいいだろう。風呂上がりで喉は乾き、仕事中に電話を受け続けたせいで声が少しかすれている。部屋には乾燥機能のない洗濯機が回る音が響き、隣の部屋からテレビの笑い声も聞こえる。
録音画面を開き、赤いボタンを押した。
「こんばんは。メッセージありがとうございます」
そこまで言って停止する。十二秒にも届かない。聞き返すと、受付窓口のような声だった。削除した。
二度目は少し笑って話した。自分で聞くと、笑い方が不自然だった。三度目は洗濯機が脱水を始め、低い振動が全部入った。録音時間だけが、十秒、十五秒と増えていった。
テーブルには、夕飯に買った焼き鳥の容器が残っている。一本だけ食べきれず、たれが冷えて固まっていた。美晴はタオルの端から落ちた水滴を、レシートで拭いた。
相手は、今すぐ同じ形式で返してとは書いていない。ただ声というものが届いただけで、美晴は急に、顔も部屋も生活音も整えて差し出さなければならない気がしていた。
洗濯機が止まり、部屋が静かになった。美晴は録音画面を閉じ、代わりに文字で〈今日はもう声を使い切ったので、明日聞いて返します〉と送った。送信後、冗談として伝わらなかったかもしれないと思ったが、書き直せない。
濡れた洗濯物を取り出す。靴下が一枚、シーツの中に入り込んでいた。美晴はそれを探し出し、浴室の竿へ掛けた。
十二秒の声は未再生のままだった。誰かを知るのを一晩遅らせても、関係を粗末にしたことにはならない。今夜は自分のかすれた声まで、感じよく整えなくてよかった。