メトロノームを止める
榊原紀澄は、実家のピアノの上でメトロノームを鳴らした。
こつ、こつ、こつ。母が練習時間を測った音だ。音大を諦めて別の仕事へ就いたあとも、帰省すると「指が鈍る」と椅子へ座らされた。
母が亡くなり、ピアノは近所の児童館へ譲ることになった。叔父から電話が来る。
「せめてメトロノームは形見に持っていけ。お母さんが一番大事にしていた」
紀澄は振り子を見た。母が大事にしたのは音楽だったのか、音を外さない娘だったのか、もう尋ねられない。
紀澄が最後に弾いたのは、母の入院中だった。病室から電話が来て、受話器越しに練習曲を弾いた。弾き終えると母は「三小節目が走った」と言い、体調の話はしなかった。翌月、母は亡くなった。その言葉だけが最後の講評になった。
メトロノームの底には、母の字で紀澄の名前と毎分百二十の数字が書かれている。所有者と速さを同時に決める印のようだった。
紀澄はその文字を消さなかった。児童館で使う子が見つけても、それは命令ではなく前の持ち主の跡になる。自分だけが従い続けなければよかった。
「児童館へ一緒に渡す」
「自分の過去まで捨てる気か」
「過去は置き場所を取らないよ」
叔父は、母がどれだけ月謝を払ったかを話し始めた。紀澄は途中で遮った。
「費用の話をされても、持ち帰る物は変えない。今日の連絡は引き取り時間だけにする」
叔父は不機嫌そうに時刻を告げ、電話を切った。
紀澄は楽譜棚から初心者用の一冊を抜いた。余白には母の赤い丸が並んでいる。残すためではなく、児童館の先生へ、書き込みがあっても使えるか確認するためだった。
引き取りの職員が来ると、ピアノ、楽譜、メトロノームを順に運んだ。最後まで振り子だけが動いていた。
紀澄は手を伸ばし、中央で止めた。
音が消えた部屋で、母の期待まで消えたとは思わない。けれど、次に鳴らす人は自分ではない。
玄関の扉が閉まる直前、職員が「子どもたちが喜びます」と言った。紀澄は礼を言い、空いたピアノの場所へ何も置かなかった。