メニューの端の赤い丸

席に置かれたコースメニューには、三つの料理へ赤い丸がついていた。

乃映はすぐに意味を悟った。甲殻類を使っていない料理。高校の修学旅行で海老の出汁に反応し、救急車で運ばれたことを、誰かが覚えていたのだ。

あの日、乃映は旅館の廊下で息ができなくなりながら、何度も「ごめん」と言った。旅行を止めたこと。先生を呼んだこと。みんなの夕食を冷ましたこと。窓際の席で目を覚ましたときも、最初に謝った。

それ以来、外食では空気を壊さないよう、食べられるものだけを黙って選んだ。会社の会食でも「好き嫌いはありません」と言い、帰宅して薬を飲む。面倒な人だと思われないことが、いつの間にか最優先になった。

「赤丸、分かった?」

幹事の湊介が席へ来た。修学旅行で担任を呼んだのも彼だった。

「厨房に確認した。丸のは大丈夫だって」

乃映は礼を言いかけ、メニューをよく見た。安全な三品のうち一つに、苦手な香草が使われている。アレルギーではない。だから我慢できる。

けれど高校生の自分が謝り続けた廊下を思い出すと、喉の奥が狭くなった。必要を伝えることと、迷惑をかけることを、十年も同じ箱に入れていた。

ウェイターが注文を取りに来た。

「この料理、香草を抜いていただけますか。それから、窓際の席へ移ってもいいですか」

周囲の会話が一瞬止まった気がした。実際には誰も気にせず、ウェイターは「もちろんです」と答えた。湊介も椅子を運んだだけだった。

窓際からは、高校の校舎が遠く見えた。乃映は赤丸の料理を、自分の速度で食べた。皿を残しても謝らなかった。

帰り際、幹事用のメニューを湊介へ返す。赤い丸の横へ、小さく「香草なし」と書き足した。

「次も覚えておいて、じゃなくて、次は私が先に言うね」

ホテルを出た乃映は、翌週の取引先会食の担当者へ連絡した。

送った文面を見直しても、謝罪の言葉は一つもなかった。

希望欄を空白にせず、自分が安全に食べられる条件を、赤ではなく黒い文字ではっきり送った。