レンタル終了まで九分
二十二時五十一分。樫村宗介は、緒方栞との同時再生を待っていた。東京と岡山で離れてから、毎月最後の金曜だけ同じ映画を借り、開始ボタンを一緒に押した。今夜のレンタル期限は二十三時。残り九分。
机には、初めて二人で見た映画の半券がある。座席番号はG7とG8。栞が切り離した境目をセロハンテープで戻し、「離れても隣」と財布へ入れてくれた。宗介はその半券を、画面の横へ毎回置いた。離れた初月、再生時刻を一秒合わせるため電話で何度も数え直し、結局三分ずれた。それでも同じ場面で笑えたことが、遠距離を続ける根拠になった。字幕が一行ずれただけで互いに停止し、飲み物を取りに立つときも秒数を報告した。画面の中だけは、隣席を守れた。
〈ごめん、今日は再生できない〉
栞から届いたのは、それだけだった。
宗介は窓の外を見た。三か月、栞は仕事を理由に会いに来ていない。宗介が岡山へ行くと言っても、「今は来ないで」と断った。画面の共有予定表からは、今夜の印まで消えている。
〈誰かいる?〉
返事はない。宗介は映画を一人で再生し、冒頭の会社ロゴで止めた。
二十二時五十五分、玄関のチャイムが鳴った。宅配の予定はない。もう一度鳴ったが、ヘッドホンを外す前に静かになった。
栞から写真が届く。夜行バスの座席、膝の上の小さな紙袋。中にはG7の半券と、宗介の部屋へ置いていった歯ブラシが見える。
〈再生できない。今、あなたの玄関だから〉
宗介はドアへ走った。廊下の端でエレベーターが閉まる。階数表示が下へ落ちていく。
携帯には、数分前に自分が送ったメッセージが残っていた。
〈もう無理なら、終わりにしよう〉
栞はそれをドアの前で読んだらしい。既読の直後に、〈分かった〉とある。
一階へ着くまで二分。外は雨。宗介は階段を駆け下りながら電話をかけたが、呼び出し音は途中で切れた。エントランスを出ると、発車したばかりのタクシーが交差点を曲がる。紙袋だけが郵便受けに残されていた。
二十三時。映画のレンタル期限が切れる。半券を重ねると、テープの跡だけが合った。
宗介は再生できなくなった作品をライブラリから返却し、二人用のプロフィールを削除した。