一人分の足場
「手のひらほどの足場を一枚。大道芸には使えるな」
海軍士官試験で、提督マルセノはリュネの技能を笑った。
【技能:《単座足場》――空中の一点に、一体の生物だけを支える板を作る】
板は小さい。二人が乗れば消える。船を支えることも、荷を載せることもできない。しかも一枚だけ。リュネは甲板掃除の補助員に回された。
初航海の日、外海で海面が山のように盛り上がった。
島喰いリヴァイアサン。全長三百歩、王国艦隊が十隻で挑んでも沈められなかった魔獣だ。巨大な尾が旗艦へ迫り、砲手たちが逃げ惑う。
「面舵! 距離を取れ!」
だが風が死に、船は動かない。
旗艦の舳先が牙に挟まれ、甲板板が一本ずつ跳ね上がった。砲弾は海中の厚い背へ滑り、魔術師の雷も水へ逃げる。誰もが、次の一噛みで船が折れると悟った。
リュネは逆に、舷側へ走った。魔獣が船を噛み砕こうと海面から跳び上がる。その腹の下、ほんの一瞬だけ空が見えた。
前世で橋梁の荷重計算をしていた彼は、鑑定文の妙な言い回しを忘れていなかった。
一人分、ではない。
一体分だ。
「足場、設置」
手のひらほどの透明な板が、リヴァイアサンの腹へ触れた。
魔獣の巨体が空中で止まった。
板は一体の生物を支える。重さの上限は書かれていない。尾も牙も内臓も、全部まとめて一体だ。
板の面積は小さくても、支える対象は足先ではなく『一体』として指定される。巨体のどこが触れているかは関係ない。鑑定文の曖昧さを、試験官たちは便利さの限界だと思い、リュネは強さの上限だと読んだ。
リヴァイアサンは泳ごうと身をくねらせたが、足場から離れない限り落ちず、水にも戻れない。巨大な鰭が空を叩くだけだった。
「全砲門、腹部へ!」
我に返った提督が命じる。海中では届かなかった柔らかな腹へ、魔導砲が一斉に火を噴いた。島喰いは断末魔を上げ、最後に板から転げ落ちて海へ沈んだ。
静まった甲板で、マルセノはリュネの前に立った。
「小さな板だったな」
「はい。一体しか乗せられません」
提督は海面に残る巨大な渦を見て、帽子を脱いだ。
「ならば海軍は、その一体を選ぶ目を持たねばならん」
彼は補助員の札を破り、士官用の青章を手渡す。
「リュネ。次の航海から、艦隊で最も高い席はおまえの足場だ」