一席だけ取る

 結実がチケットの追加販売を見つけたのは、土曜の午前十時六分だった。

 好きなバンドの公演まで二週間。友人三人との「遠征部」チャットへ、すぐに販売ページを貼った。

〈見切れ席出てる! 行ける人いる?〉

 既読ゼロ。

 発売は先着順で、残席表示は黄色だった。結実はベッドの上で膝を抱え、更新ボタンを押した。三人ともそのバンドが好きだが、一人は最近仕事が忙しく、一人は家族の予定が読めず、もう一人は遠征費を節約中だ。誰も行けなくても不思議ではない。前回の遠征で作った共有アルバムも、最後の数枚にはまだコメントがついていなかった。

 けれど、結実は一人でライブに行ったことがなかった。開演前に並ぶ時間も、終演後に感想を言う時間も、一人になる。チャットに返事がないまま自分だけ買えば、抜け駆けのようにも思えた。

 台所には、昨夜のコンビニパスタの容器が残っていた。半分食べて寝落ちし、冷蔵庫へ入れたものだ。レシートと一緒に電子レンジの上に置いたままのフォークを洗う。パスタを温めると、ソースの油だけが先に熱くなった。

 スマホを見る。既読ゼロ。残席表示は赤に変わっている。

〈一枚だけ先に取っていい?〉

 送ろうとして、結実は止まった。許可をもらう相手は、本当に三人なのだろうか。

 遠征部では、ホテルも新幹線も誰かと相談して決めてきた。楽しかったから続けた形が、いつの間にか、一人では楽しめない決まりのようになっていた。

 結実は販売ページへ戻り、枚数を「一」にした。座席は選べない。手数料を含めた金額に一瞬ひるんだが、昨夜買った服を返品すれば収まる額だった。決済ボタンを押す。

 画面に〈購入が完了しました〉と出た直後も、チャットは未読のままだった。

〈私は一枚取ったよ。都合合う人いたら現地で!〉

 今度は迷わず送った。

 温め直したパスタは端が乾き、フォークに絡みにくい。結実はそれを朝食にした。公演の日に誰と帰るかは決まっていない。それでも一席ぶんの楽しみを、自分のために先に取ってもよかった。