一段ずつの階段神

二十階建てのビルで、会社員は毎朝エレベーターを待った。

母から着信があっても、混雑した箱の中では出ない。

あとでかけ直すつもりが、夜には忘れた。

ある日、点検でエレベーターが止まり、非常階段へ向かった。

一段目に、膝ほどの背丈の神様が座っている。

背中へ木の階段を背負い、息を切らしていた。

「人が誰かのために一階ぶん歩くたび、わしも一階上がれる」

階段神は、自分の都合で上る足には乗れないらしい。

会社員は困った。

自分は二十階へ行きたいだけだ。

そこへ、重い荷物を持った配達員が来た。

会社員が箱を一つ持つと、神様が肩へ飛び乗り、一階上がった。

三階では、足を痛めた清掃員の台車を運んだ。

五階では、迷った来客を案内した。

そのたび神様は一階ずつ進むが、会社員自身の目的地は遠い。

十階で、母からまた電話が来た。

出ると、

「今、階段の途中?」

と聞かれた。

息が上がっていたからだ。

母は来週、住んでいる団地のエレベーターが工事で止まると話した。

買い物へ行けないので、食料を少し送ってほしい。

会社員は、

「配送を頼めば」

と言いかけた。

母の団地には、玄関まで階段を上らない配達もあると知っていた。

「週末、行く」

自分でも驚く言葉が出た。

神様が肩の上で一段高くなった。

二十階へ着いたとき、始業時刻を過ぎていた。

会社員は上司へ遅刻を謝り、階段の事情を説明した。

小さな神様のことは言わない。

上司は怒ったが、配達員や来客から礼の連絡が届き、注意だけで済んだ。

階段神は屋上へ続く扉の前で降りた。

「おぬしの行き先は二十階か」

「今日は」

「週末は?」

「母の四階」

神様は満足そうに背負った階段へ入り、消えた。

週末、会社員は母の団地を訪ねた。

米や水を持ち、一階ごとに休んだ。

母は玄関で、

「無理しなくてもよかったのに」

と言った。

「無理かどうか、階段の下で決めないで」

会社員は笑った。

工事が終わったあとも、母へ電話する日を決めた。

毎回会いには行けない。

それでも自分の都合だけで一日を上る前に、誰かの一階を少し持てる余白を探すようになった。