三口目のバニラ
夏期講習の帰り、彼女はカップアイスを一つだけ買った。
「スプーンは二本ください」
店員にそう言い、私へ片方を渡す。
「自分の買えばよかったのに」
「財布、教室」
「取りに戻る?」
「もう施錠」
本当かどうか怪しかった。
コンビニ前のベンチで、カップを膝に置く。最初の一口は彼女、二口目は私。
「一口大きい」
「平等」
「体積で測った?」
「数学の補習帰りに数学の話やめて」
三口目をどちらが食べるかで、スプーンがぶつかった。
笑った拍子に、彼女の前髪が風で揺れた。
学校ではいつも周りに人がいて、二人きりになることはほとんどない。夏休みの補習だけが、同じ電車で帰れる時間だった。
「補習、明日で終わりだね」
彼女が言った。
「喜ぶところ」
「うん」
声は喜んでいなかった。
アイスの表面が柔らかくなり、境界がなくなった。
「次から、自分の買えばいいじゃん」
私が言うと、彼女はスプーンを止めた。
「一個を二人で食べたいの」
胸が跳ねた。
「節約?」
「そういうことにしておく」
次の一口を彼女がすくい、私のほうへ差し出した。
「自分で食べられる」
「今日は私の番」
「何の」
「勇気を出す番」
意味を聞く前に、アイスが溶けてスプーンから落ちた。白い滴が私の手の甲へつく。
彼女は笑いながら紙ナプキンで拭いた。
「失敗」
「何が」
「告白の練習」
私は動けなかった。
「誰に?」
聞くと、彼女は空になりかけたカップを見た。
「三口目を譲らなかった人」
あのときスプーンがぶつかったのは、どちらも譲らなかったからだ。
私は最後に残った一口を半分すくい、彼女へ渡した。
「返事は?」
「これ」
「分かりにくい」
「じゃあ、明日も一個買う」
「補習終わるよ」
「補習なくても帰れる」
彼女は受け取ったアイスを食べ、ようやくこちらを見た。
翌日、講習が終わると、私たちは一度教室へ戻った。
彼女の財布は、ずっと鞄の中にあった。
「忘れてなかったじゃん」
「知ってたでしょ」
「三口目で気づいた」
帰りに、同じアイスを一つ買った。
スプーンはまた二本だった。