三社目の誤字
防災用品の調達を担当する鳴瀬芙美は、誤字を見つけると安心した。人が作った書類だと分かるからだ。完璧な文章より、少し間違っている文章の方が信用できる。
避難所用毛布三万枚の入札で、三社から技術提案書が届いた。一社目の搬入計画に『旧体久館』とあった。体育館の育が、久になっている。芙美は赤字を入れた。
二社目にも同じ誤字があった。三社目にもあった。しかも旧体育館を搬入口に使うことは、公開仕様書には書かれていない。現地説明会でも話していなかった。
課長は「業者同士で現場情報を共有しただけだろう」と言った。競争相手が搬入計画まで共有するのかと尋ねると、課長は答えず、価格評価表を閉じた。三社の価格差は十五万円ずつ。
芙美は受信メールをさかのぼった。入札公告の一週間前、業界団体から届いた『災害備蓄に関する意見』というファイルがある。末尾に不要な空白ページが付いていた。その白紙を全選択すると、白い文字が現れた。
『一番手・北辰、二番手・大和、三番手・光栄。搬入は旧体久館』
誤字まで同じだった。白文字で隠したつもりの割付表を、団体が市へ送っていた。
落札決裁会議で、課長は最安会社の実績を説明し、契約書を市長代理へ回した。芙美は三社の提案書と、白文字を黒く変えた一枚を並べた。
「三社目まで同じ間違いをしたのではありません。同じ原稿から三社分を作ったんです」
市長代理は『旧体久館』を四度、指でなぞった。課長がファイルは参考資料にすぎないと言った瞬間、市長代理は決裁印を机へ置いた。
ファイルの作成者欄は、三社のどれでもなく、業界団体の事務局長名だった。芙美は提案書の文章比較も映した。改行位置、箇条書きの空白、ページ下の不要な改ページまで同じで、社名と価格だけが置換されている。三社目では置換が一か所漏れ、文書プロパティに一社目の略称が残っていた。誤字は、偶然ではなく複製の印だった。
印面は上を向いたまま、契約書には触れなかった。