三秒の売上

電子機器メーカーの四半期決算会議で、霧生谷日和は販売管理システムの保守員として、監査ログの説明席にいた。通信端末一万台を代理店へ売り、売上十二億円を計上した案件だった。

売上確定時刻は九月三十日午後十一時五十九分五十八秒。期末の二秒前である。

日和は次の行を表示した。返品登録は十月一日午前零時〇分一秒。わずか三秒後だった。

営業役員は、代理店側のシステム誤操作で返品が入り、翌朝取り消したと説明した。

しかし返品理由には「事前合意に基づく全量買戻し」とあり、代理店の電子署名も付いている。売買契約の別紙には、メーカーが翌月一日に同額で買い戻す条項が隠されていた。

一万台のシリアル番号を追うと、出庫スキャンも入庫スキャンもない。製品はメーカー倉庫の棚から動かず、所有者コードだけ三秒間代理店へ変わっていた。

代金十二億円も未入金だった。代わりにメーカーが代理店へ十二億円の短期貸付枠を設定し、その貸付金で購入する契約になっている。翌日の買戻し代金で貸付を返すため、代理店の資金負担はゼロだった。

営業役員は、三秒でも契約は成立していると言った。

「法律上の所有権移転だ」

日和はログの作成端末を示した。売上と返品を登録したのは代理店ではなく、営業役員の社内PC。二つの処理は一つの自動スクリプトで連続実行されていた。

保守契約を切ると脅されても、日和はログへ改ざん防止署名を付けた。

「三秒の客では、十二億円の市場は作れません」

日和は自動スクリプトの名称も読み上げた。「Q3_REV_PUSH_AND_RETURN」。作成日は九月二十五日で、返品が誤操作ではなく五日前から予定されていたことを示していた。営業役員は試験用だと答えたが、本番IDと十二億円の金額がコード内に直接書かれていた。

監査委員長が決算承認画面を閉じた。一万台は棚に残り、十二億円だけが日付を越えられなかった。