三階の足音

三階の住人は、毎晩二時十三分に帰ってくる。

最初に気づいたのは、梅雨の終わりだった。天井の端から端まで、ゆっくり六歩。そこで止まり、何か重い物を引きずる音がする。しばらく沈黙したあと、また六歩。目覚まし時計を見ると、必ず二時十三分だった。古い柱時計は一分ほど遅れるのに、その足音だけは正確だった。

管理人に電話すると、眠そうな声で「確認します」と答えた。

「足音だけですか」

「ときどき、水を欲しがるように管を叩きます」

電話の向こうが一瞬静かになった。やがて、古い建物ですから配管でしょう、と言われた。

私は納得できなかった。上の住人は、こちらの生活を知っている。私が風呂へ入ると動きを止め、廊下の電気を消すと歩き始める。夜中に冷蔵庫を開けた日だけ、天井を三回叩く。

翌週、管理人が図面を持ってきた。薄い青線で、玄関、台所、階段、二階の部屋までが描かれている。紙の上端は妙に広く空き、そこだけ複写の文字がかすれていた。

「三階の間取りが抜けていますよ」

私が言うと、管理人は古い写しだから、と図面を折った。増築分は別紙かもしれない、とも言ったが、その別紙を探そうとはしなかった。

二人で寝室の天井に耳を澄ませた。昼間は何も聞こえない。管理人が板を指で叩くと、一か所だけ乾いた空洞の音が返った。

「音は、もっと上です」

私は首から下げた小さな鍵を服の中へ隠した。番号の札がついていない鍵だった。

その夜も、二時十三分に六歩が始まった。昨日より速い。途中で転び、床を爪で掻くような音がした。私は箒の柄で天井を二度突いた。足音は止まった。

翌朝、管理人は消防署の職員を連れてきた。建物の増築記録を調べたという。職員は図面と天井を見比べ、はっきり言った。

「この建物は二階建てです。三階はありません」

私は二人を追い返し、寝室の押入れを開けた。服を外すと、奥に鍵穴がある。番号のない鍵を差し、天井へ続く折り畳み梯子を下ろした。

屋根裏では、先月連れてきた女が足首の鎖を鳴らしていた。

「静かにしろ」と私は言った。「三階の住人がいると、ばれてしまう」