不合格通知を海へ持っていく
東京の大学に落ちた日、私は不合格通知を鞄へ入れたまま学校へ行った。
教室では、合格した友達が囲まれていた。
「春から東京組だね」
誰かが言い、私は笑って輪を避けた。
放課後、担任に呼ばれた。
「後期、どうする」
地元の大学なら、今の成績で可能性がある。けれど私が学びたい学科はなかった。
「浪人します」
「家は?」
「反対です」
父は、一年余計にかけるなら地元へ進めと言った。母は黙っていた。
担任は窓の外を見た。
「海、行くか」
教師の言葉とは思えなかった。
学校から自転車で十五分。冬の海は灰色だった。
担任は防波堤に座り、缶コーヒーを二本買った。
「私も第一志望に落ちた」
「先生が?」
「教師は成功した顔で教壇に立つからな」
担任は地元の大学へ進み、そこで教師になった。東京へ行けなかったことを長く敗北だと思っていたという。
「地元へ進めってことですか」
「逆だ。私の話を、お前の答えに使うな」
波が防波堤へ当たり、細かいしぶきが飛んだ。
「浪人も、地元進学も、就職もある。どれを選んでも、落ちた事実を取り返すためだけに決めると苦しい」
私は鞄から通知を出した。
紙は薄く、人生を決めるには頼りなかった。
「捨てたい」
「捨てれば」
海へ投げようとして、手が止まった。
環境に悪いと思ったのではない。
これを捨てたら、受験に使った一年までなかったことにする気がした。
私は通知を四つ折りにし、ポケットへ戻した。
家に帰り、もう一度話した。
浪人する費用。アルバイト。予備校へ行かず学校の補習を使うこと。翌年も東京だけでなく、学べる内容で複数校を受けること。
父はすぐにはうなずかなかった。
三日後、条件付きで許された。
一年後、私は東京ではなく、別の地方の大学へ進んだ。第一志望だった学科より、自分に合う研究室を見つけたからだ。
入学式の日、不合格通知を新しい机の引き出しへ入れた。
海へ捨てなくてよかった。
あの紙は、夢に届かなかった証明ではなく、夢の住所を一度書き間違えた記録になった。