不在者の指印

荒瀬洋平巡査の指印は、死後二日目の報告書に押されていた。

御法川紗英監察技官は、拡大画像を城崎義弘警務部長へ示した。令状なしの家宅捜索で拳銃が見つかった事件。捜索に立ち会った荒瀬が「住人の同意を得た」と確認書へ指印したため、証拠は適法とされた。だが荒瀬は、その二日前に交通事故で死亡している。

「日付の入力ミスだ」

城崎は言った。

「捜索は生前。文書だけ後から作った」

「指印も後からです」

紗英は二枚の画像を重ねた。確認書の指印と、荒瀬の採用時の身上票。傷も汗腺の欠けも、インクの濃淡まで完全に同じだった。生きた指を押せば、圧力で必ず歪む。これは身上票から透明膜へ転写した複製だ。

「誰が作ったかは分からない」

「複製用フィルムは警務部の本人確認室にあります」

荒瀬の母は、息子の警察手帳だけでも汚名なく返してほしいと、毎月同じ便箋で監察へ願い出ていた。その手紙も『処理済み』の箱に束ねられている。

「荒瀬は死亡している。名誉を守るため、形式を整えただけかもしれん」

城崎は声を落とした。

捜索対象は暴力団の金庫番で、押収拳銃は二件の殺人に結びついた。手続違反が明らかになれば証拠能力が争われ、服役中の者が再審を求める。捜索を指揮したのは当時の警務課長、城崎だった。

「荒瀬巡査は同意を得ていません」

紗英は、事故前日に彼が監察へ送った下書きを開いた。

――令状なし。上司がドアを蹴破った。報告を拒否した。

送信されず、端末の復旧領域に残っていた。

「死人は訂正できない」

城崎は机を叩いた。

「だから組織が名誉を守った。違法捜索と書けば、荒瀬も共犯として記録されるぞ」

「逆です。指を使われた被害者として残します」

紗英は鑑定書の被疑関係者欄から荒瀬の名を削り、偽造指示者欄に城崎の職員番号を入力した。

城崎が立ち上がる。

紗英は身上票の原本と透明膜を証拠袋へ入れ、封印の上から自分の指印を押した。今度は汗でわずかに滲み、生きた指の形が残った。