主席を焼いた初級魔法
魔法学院が聖女レスカを解雇した翌日、初級火球が主席学生の両腕を焼いた。
火球は標的へ正しく飛んだ。暴発もしていない。だが杖を下ろした瞬間、残った魔力が逆流し、学生の指から肩まで青い亀裂が走った。治癒教師が皮膚を戻しても、魔力路の痛みは消えない。
次の学生は水球で倒れ、その次は灯火だけで鼻血を出した。実技場は一時間で閉鎖された。
学院長グレファスは杖工房を疑った。職人は納品記録を机へ置き、昨年と同じ品だと言う。違うのは、実技前にレスカが一本ずつ杖を握らなくなったことだった。
彼女は学生を回復していたのではない。前の使用者が杖へ残した魔力の癖を消していた。利き手も属性も違う残滓が混ざれば、初級術ほど術者へ跳ね返る。事故が起きなかったため、教師たちは「保健室でお茶を飲むだけの聖女」と評価した。
学院は新品の杖を買い集めた。しかし一度使えば、次の授業にはまた残滓が溜まる。全実技試験が延期され、王立大会への推薦期限も過ぎた。
教師たちは私物の杖を貸したが、今度は杖ごとの性能差が答案へ出た。名門の子だけが高級杖を使い、奨学生は古い杖で倒れる。公平性を訴える保護者が講堂を埋め、学院は事故だけでなく採点そのものを説明できなくなった。
主席学生の父は、学院へ治療費だけでなく卒業延期の損害まで請求した。
同じころレスカは、町の魔道具工房で十人の徒弟に囲まれていた。工房主キオルが、異なる属性で同じ試作杖を順番に使わせる。誰の手にも亀裂は出ない。
「杖を使い捨てずに済む。材料費が三割減った。しかも徒弟が安全に失敗できる」
レスカは「失敗しない」ではなく「失敗しても壊れない」訓練表を作り、工房はその日のうちに正式採用した。
夕方、学院の紋章が付いた通信鏡へグレファスの顔が映った。
「試験期間だけでよい。戻って杖を清めろ。解雇記録は消す」
レスカは工房の契約書を鏡の前へ置いた。
「学院の魔力残滓除去契約は、解雇通知を受領した日に終了しています」