予約本は窓辺に
文香が探している本は、館内にあるはずだった。
予約者がカウンターへ来たのに、取り置き棚にない。管理画面には、午前中に文香が「確保済み」と入力した記録がある。表紙がよく似た別の本を持ってきて、バーコードだけ正しいほうを読み取ったらしい。
「十分ほどお待ちいただけますか」
文香はそう告げ、書架へ走った。
失敗したとき、誰かに頼むまでが長い。
一人で見つければ迷惑は最小限になる、と文香は思っている。だから閉架書庫も返却台も黙って探し、時間が延びるほど声をかけられなくなる。以前は昼休みを全部使って一冊を探し、見つけたあと洗面所で吐いた。
今日も五分が過ぎた。児童書の棚、返却ワゴン、複写機の横。ない。
予約者は時計を見ている。文香の背中に汗が流れた。
カウンターへ戻り、隣の職員に言った。
「私が取り置きを間違えました。本が見つけられません。返却台と閲覧席を一緒に見てもらえますか」
「じゃあ私は窓側を見ます」
返事はそれだけだった。
文香はもう一人に、予約者への説明を頼んだ。自分の失敗を二人へ広げたようで胸が痛んだが、探す場所も二つに増えた。
本は窓辺の閲覧席にあった。午前中、利用者が途中まで読んで離席し、文香は別の本を確保したのだ。
予約者へ事情を伝えると、「次の電車に間に合うなら」と本を受け取った。笑顔ではなかった。文香も、必要以上に明るくしなかった。
記録を訂正し、取り置き手順に《表紙ではなく背ラベルも確認》と追記する。
予約者の待ち時間は十三分だった。文香は業務日誌へその数字も書いた。短く見せるために十分と丸めず、長く責めるために十五分とも書かなかった。起きたことを、そのままの大きさで残した。
そのあと文香は、捜索を手伝った二人に礼を言い、休憩室へ入った。残りの休憩は十二分しかない。
いつもなら、その十二分も返上した。
今日は椅子に座り、水筒のふたを開ける。窓辺にはもう本がない。見つからなかった時間も、誰かに頼った声も消えないまま、文香は冷たい水を最後まで飲んだ。