二〇三号室の新しい札

玄関に置いていた合鍵が、引っ越し二日目に消えた。

橘川穂波は、まだ開いていない段ボールの間を何度も探した。新居を知っているのは、同居を始めた友人の針生咲良、管理人の椎葉、家具を届けた飯倉の三人。咲良は朝から外出中で、椎葉は予備鍵の届出を受けていないと言い、飯倉は玄関より内側へ入っていない。けれど盗難なら、本鍵より合鍵だけを選ぶ理由が分からない。

廊下には細い金属の削り粉が落ちていた。ドア横の仮の名札は外され、二本の小さなねじだけが新品になっている。台所のごみ箱には、プリンを二個買ったレシートが丸めて捨てられていた。

穂波は一階の管理室へ向かった。椎葉は削り粉を見るなり、「針生さんなら向かいの合鍵屋ですよ」と教えた。

店の前で、咲良が細長い箱を抱えて出てきた。箱の中には、なくなった合鍵と、もう一本の新しい鍵。そして木製の札が入っていた。

《二〇三 橘川・針生》

「勝手に持っていって、ごめん」

咲良は、穂波の合鍵を見本にして自分用を作っていた。昨日、穂波が「しばらく居候させてもらうね」と言ったことが、気になったらしい。

二人は学生時代からの友人だった。穂波が長く付き合った恋人と別れ、住む場所を失ったとき、咲良は空いていた一部屋を差し出した。けれど穂波は家賃も荷物も最小限にし、いつでも出ていけるような顔をしていた。

「居候じゃなくて、一緒に住むんでしょ。私だけの名字の名札、変だから」

咲良も、本当は一人暮らしが苦手だった。けれど助けを求めるように聞こえるのが嫌で、「空き部屋あるよ」としか言えなかったらしい。片方だけが救われた引っ越しではなかった。

合鍵を黙って持ち出したのは、その言葉を直接言う勇気がなかったからだという。プリンは、怒られたときの謝罪用だった。

穂波は札を受け取り、ドアの横へねじ留めした。二つの名字は同じ大きさで並んだ。

部屋に戻ると、プリンの表面が少し傾いていた。二人で床に座り、段ボールを机代わりにする。

穂波は最初の一口を飲み込んだ。

「ただいま、って言ってもいい?」