二人分の給与明細
給与振込の予約送信まで十五分、古賀美琴は同じ名字の社員二人へ、同じPDFが添付されていることに気づいた。
後輩が作った送信一覧では、営業部の社員へ、育児休業中の社員の給与明細が付いている。基本給だけでなく、休業給付の額と住所まで載っていた。メールはまだ下書きだが、送信予約のボタンは押されている。
「予約を一度解除すると、全社員分をやり直しです」
後輩は青ざめた。千二百通の明細を今夜中に送らなければ、翌朝から問い合わせが殺到する。上司は「該当二人だけ差し替えればいい。予約一覧には触るな」と言った。
美琴は送信ログのプレビューを開いた。添付ファイル名は社員番号ではなく名字になっている。同じ名字は二人だけではなかった。別の部署にも四組いる。今見えた誤りは、最初の一件にすぎない。
「全件を止めます」
美琴は予約を解除し、添付と宛先を社員番号で照合するスクリプトを走らせた。七件の不一致が見つかった。どれも送信前だった。
後輩は自分の作業表を見つめた。
「早く終わらせようとして、名字で並べ替えました」
「速くする工夫が悪いんじゃない。個人情報を名字だけで結びつけられる仕組みが悪い。次は社員番号を動かさず、表示名だけを並べ替えよう」
美琴はPDF名を社員番号へ変更し、添付時に宛先と一致しなければ送信できない設定を追加した。後輩には七件の経緯を隠さず記録させ、自分は確認者として署名した。
送信は予定より四十分遅れたが、誤送信は一件も起きなかった。問い合わせ窓口には「まだ届かない」という連絡が数件入ったが、他人の明細を受け取ったという連絡はなかった。遅れは説明して取り戻せる。知られた情報は取り戻せない。上司は、翌月から確認工程を減らせば間に合うと言った。
美琴は机の引き出しに入れていた昇進申請書を取り出した。そこには、処理速度を上げる管理職コースが指定されている。美琴はその用紙を破らずに返却し、代わりに内部監査室への異動希望を開いた。
「早く送る人ではなく、送ってはいけないものを止める人になります」
美琴は異動希望を送信した。