二人前の塩加減
在宅勤務になってから、匡子は夫の嘉月と昼を食べるようになった。
夫は毎朝、工場へ弁当を持っていく。匡子は残ったおかずを皿へ載せ、仕事机で済ませていた。けれど工場が一週間休みになり、二人とも家にいる。
初日、匡子はいつものように弁当を二つ作った。
「家で食べるのに?」
「昼に台所へ立ちたくないから」
正午、二人は食卓で弁当箱を開いた。炊飯器にはまだご飯があり、冷蔵庫もすぐそこなのに、四角い箱に詰まっているだけで外出先の昼のようだった。
嘉月はひじき煮を食べ、「薄くなった?」と訊いた。
「あなたが血圧を気にするから」
「工場だと汗をかくから、前のでよかった」
匡子は少し腹を立てた。自分の分を食べると、確かに味が遠い。家の静かな部屋では、機械音も汗もなく、同じおかずが違って感じられる。
翌日は別々の塩加減で作った。嘉月の卵焼きには塩を一つまみ、自分のほうには出汁を多めにする。見分けるため、嘉月の箱には黒胡麻を振った。
正午、嘉月が蓋を開け、「こっちが俺か」と言う。
「汗をかかない日は、ちゃんと味わって」
二人は窓を開けた。春の風が入り、近所で焼く魚の匂いがする。
休業最終日、嘉月は自分で弁当を詰めた。匡子の箱にだけ、塩の代わりに青紫蘇を刻んで載せている。
「これなら薄くても香るだろ」
青紫蘇の匂いは蓋の内側まで満ちていた。匡子は一口食べ、「工場へ戻っても二人前作る?」と訊いた。
嘉月は頷いた。離れた場所で食べても、昼になれば同じ包みをほどく。そのくらいの一緒が、二人にはちょうどよかった。
工場が再開した月曜、嘉月は黒胡麻の箱を持って出た。匡子は青紫蘇の箱を机の横へ置く。正午に写真が一枚届いた。機械の横で開かれた弁当から、黒胡麻が少しこぼれている。匡子も自分の蓋を撮って返した。画面越しには香らなくても、同じご飯を炊いた朝の湯気は思い出せた。